まずは作品そのものではなく、色々な所で高畑監督の語った事について書きたいと思います。
今回は今までに比べ、高畑監督がが監督である事が世間に大きくアピールされていて、非常に嬉しいです。
スタジオジブリ作品というと、何でもかんでも
「あっ、宮崎さんね!」
と言われ悔しい思いをしていた私としては、高畑勲と宮崎駿とは別人であるという事が(当たり前だ!)一般に認識される事を期待しています。
これで、LD屋の宮崎駿コーナーに『火垂るの墓』や『おもひでぽろぽろ』が入っているような事が無くなれば良いのですが・・・
それらを読んだ感想なのですが、何と言いますか・・・身も蓋もないですねぇ。
もう凄いんですよ。
基本的には
「ファンタジーは有害だ!」
という事なんです。
これだけファンタジーが氾濫している状況では、ファンタジーは有害だ。
現実に立ち戻れなくなる。
出来の悪い物より、出来の良い物がより有害である。
簡単に言うとこんな感じです。
確かに言われている事は判ります。ファンタジーには有害な側面もあるでしょう。
でも、「だから?」という気になります。
高畑監督は煙草を吸われています。
煙草も有害ではないですか?
有害である事がそんなに悪い事なのでしょうか?
ただ、煙草とファンタジーについては違う点があります。
有害性の検証がなされているか、いないかです。
ファンタジーも煙草のように、害について検証して上手な付き合い方を考えなくてはいけないのかもしれません。
パイロットのマニュアルに載っていない
「飛行機を操縦させてくれ」
と要求するハイジャッカーが、この国のゲームマニアから出現した事を考えても、その必要性を感じます。
しかし、我々ファンタジー好きにとって、それは難しい事でしょう。
この国は、愛煙家にとってのアメリカのような国で、アニメファンというだけで、差別と迫害にさらされ、時に人間の屑のように扱われます。
家族から、クラスメートから、マスコミから、罵声を浴び続けてきました。
特にひどかったのは、宮崎勤の幼女殺人事件の時とオウム真理教のテロ事件の時です。
この時の迫害は凄かったです。
残念な事ですが、この時の家族の仕打ちを、私は未だに許す事が出来ないです。
今思い出しても、どす黒い何かが胸の内に広がってきます。
マスコミはマスコミで、オタク撲滅キャンペーンをぶち上げました。
そうすると本が売れるのでしょう。
集英社の雑誌で
『こんな奴等は殲滅してしまえ!』
と書かれました。
日本経済新聞に
『ネクラの証明?』
という見出しで記事を書かれた事もあります。
勿論、これだけではありません。
今でもオタク撲滅キャンペーンは、続いてます。
我々から、我々の好きな物を奪おうと、躍起になっています。
アニメ誌の読者欄を読めば、若いアニメファンが我々と同じ苦しみを味わっているのが判ります。
状況は、全然変わっていません。
このような状況の中では、我々がファンタジーの有害性を検証するのは、困難な事でしょう。
そのような事をすれば、撲滅運動家に格好の隙を与えてしまいます。
この国を動かしている人間に、愛煙家は沢山いるでしょう。
そういった人間がいる限り、最低限の愛煙家の権利は守られると思っています。
その前提に於いて、喫煙者による、煙草の有害性の検証は可能なのではないでしょうか?
ヒステリックではないファンタジー批判が、ファンタジー批判の主流になるまで、ファンタジーの有害性の検証は、我々には出来ないと思います。