DVD対決、『千尋vs山田くん』

 ブエナビスタから、正式見解が発表されました。BVHEの2002/7/23分の『BVHE News』で発表されています。以下に全文を引用します。


7月19日発売の弊社DVD・VHSソフト「千と千尋の神隠し」の色味について一部ご指摘を受けました件につき弊社よりご説明させていただきます。





<お問合せ内容>
1.DVD・VHSソフトの本編が赤もしくは黄色っぽい。
2.本編と予告編の色が違う


<1.のお問い合わせに対しての答え>
今回スタジオジブリがフルデジタルで製作いたしました「千と千尋の神隠し」は、セル画を用いず全てコンピューター上で製作されております。今回DVD・ビデオの製作にあたり当然ながらその色はスタジオジブリの色彩設計の方や撮影監督が承諾されたものです。「千と千尋の神隠し」のDVDは、いままでのマスタリングの手法とはまったく違ったプロセスで製作されておりスタジオジブリおよび弊社としてはこのクオリティが最高のものと認識しております。

<2.のお問い合わせに対しての答え>
今回DVDのディスク2に収録しております特報および予告編につきましてはいち資料として収録し、その性格上細かな色味の調整はおこなっておりません。そのため本編との色味が多少違っておりますがご了承いただきたいと思います。



平成14年7月23日
ブエナビスタホームエンターテイメント
お問合せ先:BVHEお客様相談室 月〜金AM10:00〜PM6:00 0120-866-890
*お問い合わせが重なると、電話がつながらない場合もございます。その時は、少し時間をおいておかけなおしくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


図1、VHSの画像 取り敢えずは一段落についた事になるのでしょうか。要はこの映像は、スタジオジブリ認定の正当な色合いである事を、正式に発表した事になります。この発表の通り、確かにDVDと同様の傾向が、VHSでも確認できますね(図1)。上半分が予告編、下半分が本編です。結局、我々ユーザーに出来る事は、つまらない映画を観た時、『この大根役者め』とか『何だこのヘボ監督は』と批判するのと同様に、DVD、VHS作成にたずさわったスタッフの仕事を、『この色は何だ!』と批判するくらいという事ですね。

 また、複数の報道機関で発表された、宮崎監督の関与は否定された事になりますが、宮崎監督を庇うという政治的配慮が働いたとも考えられますが、普段から宮崎監督がビデオに対し批判的な発言をしている事から、やはり宮崎監督はビデオにあまり興味が無く、無関与であると考えたほうが自然だと思います。混乱による誤報だったのでしょう。

 しかし、何故このような事が起きてしまったのでしょう。これについては、Mainichi INTERACTIVEで詳しく分析されており、非常に興味深い内容と言えるでしょう。下記に一部引用します。


 販売元のブエナビスタホームエンターテインメントによると、DVD版の色調は制作したスタジオジブリに決定権限があり、色彩設計担当者と撮影監督がチェックしたうえで承諾したものという。

 両社は「となりのトトロ」「もののけ姫」など数々のジブリ作品をDVD化してきたが、これまで色調の問題はなかった。「千と千尋」の場合、ジブリのメジャー作品では初めて、セル画は作らず、コンピューターで作画、彩色などを行ったフルデジタル作品だったことが問題のベースにある。

 予告編は劇場用フィルムを使ったのに対し、本編はデジタル原版から作製。セル画で起こらなかった問題がデジタルで生じたのは、原版データの劇場用フィルムへの変換、もしくはDVDへの変換の過程に、何らの原因があったとみられる。

 従来のアナログ作品では、上映用フィルムはセル画をそのまま撮影するのに対し、デジタルの場合はデータを画像に変換したうえでフィルムに焼きつける複雑な工程が必要になる。デジタルアニメ制作のSME・ビジュアルワークスは、デジタルデータをフィルム化することで、「ノイズ感が出る、色調が黄色味を帯びる、階調があいまいになる」といった傾向があると指摘する。

 これに対し、「千と千尋」のフィルム化を担当した画像処理のイマジカは、業務用CRTモニターの発色をフィルム特性に合わせて再現できる技術があるため、劇場用と原版デジタルデータとに色調のずれは生じていないと主張する

 また、DVDへの変換については、セル画の場合、セル自体の色調が基準になるため、ジブリの担当者が改めて決める必要がなかった。「千と千尋」はセル画がないというデジタル特有の事情から、モニター表現に合わせた設定作業を行った。しかも、「色彩決定は業務用のモニターを規範にしている」(ブエナビスタ)という。

2002-07-23(赤字は引用者。)


 簡単にまとめますと、劇場公開時使用されたフィルムは、デジタルデータのフィルム化は非常に難しいながらも、高度な技術を用い、非常に美しいフィルムになった、という事。問題のビデオ化用は、色彩決定権はスタジオジブリにある事と、ビデオ作成は劇場公開用に作ったの物を利用せず、デジタル原版から新たに作成した事がわかります。また、劇場フィルムを作るのと同様、デジタルデータからビデオ用映像を作るのは、非常に難しい事も判ります。

 非常に良質の記事だと、筆者は評価していますが、この説明でも納得がいかない部分があります。それを説明する為に、スタジオジブリのデジタルアニメについて説明したいと思います。スタジオジブリが初めてデジタル技術を取り入れた作品は、1994年公開の高畑勲監督『平成たぬき合戦ぽんぽこ』です。この作品では、狸達が図書館で調べ物をするシーンで、本棚が3DCGで描かれていました。高畑監督はこういう作画するのが苦痛になるシーンのCG化で、アニメーターの負担を減らそうと考えていたようです。

 その後、『もののけ姫』でも一部CGが使われていましたが、初めて全編CGの作品となったのは、1999年公開の、これも高畑監督作品の『ホーホケキョとなりの山田くん』です。何故ジブリがフルCGアニメに踏み切ったのかと言いますと、日本で唯一セルを作っていた富士フィルムが、セルの製作を止めてしまったのが大きな原因の一つです。この時点でジブリは、まだ数本の映画を作れるだけのセルのストックを持っていたのですが、今後を考え、完全デジタルへの移行を決定しました。

 では、新体制での第一作という事になったのですが、こういう作品であれば、高畑監督に限ります。案外知られていない事ですが、作品内容は地味な高畑監督ですが、新しい表現の為の技術という事になると、非常に野心家という側面を持った監督です。宮崎監督も、新技術、新システムの発明家としての高畑監督を、非常に高く評価しています。高畑監督の発明した新しいシステムで一番有名なのは、『アルプスの少女ハイジ』で小田部洋一氏が行った、キャラクターデザインでしょう。

 『となりの山田くん』は、興行としては大失敗と言える作品で、20億円以上かかった制作費の半分も取り戻していません。しかし、ジブリ作品のデジタル化ノウハウという点では、その後のジブリ作品の出来から、大成功と言えると思います。そして、『となりの山田くん』はジブリDVD第一作目として発売され、これまたジブリ作品のDVD化の露払いとしての役目も果たしています。そうすると、Mainichi INTERACTIVEの記事に疑問が湧かないでしょうか?

 確かに『となりの山田君』は、ジブリメジャー作品に相応しいヒットには恵まれませんでした。しかし、それは結果に過ぎません。注ぎ込まれた制作費も膨大な物ですし、上映館数、宣伝費などからもメジャーヒットを狙った物である事は、明らかです。つまり、技術的レベルで言えば、フルデジタルでのジブリ初のメジャー作品は、『となりの山田君』なのです。ですから、フルデジタルアニメのビデオ化の経験は、ジブリは既に持っている筈なのです。

図2、山田君の予告編と本編 ここで、『となりの山田くん』DVDの画像チェックを行ってみましょう。図2を御参照下さい。上半分は映像特典の予告編、下半分は同じシーンの本編です。若干色合いが違いますが、本編の映像の方が、海の濁りも消えてよりきれいに仕上がっているのが判ります。ちょっと色が薄いように感じますが、TVの大きい画面で観れば、本編の微妙な色合いは実に美しく、逆に予告編の映像が荒く濁っているのがわかります。

 予告編には存在しないシーンだったので、取り上げませんでしたが、山田くん一家が、潜水艇で海中散歩を楽しむシーンでの海の青さは、まさしく絶品の美しさです。『千と千尋の神隠し』の赤くなった海とは、雲泥の差を言えるでしょう。ちなみに、『となりの山田くん』の撮影監督は奥井敦氏、彩画監督は保田道世氏で、役職名が若干違いますが、『千と千尋の神隠し』と同じスタッフです。

 つまりは、ノウハウが無かったのが原因では無く、ノウハウを生かせなかったのが原因だと私は考えています。その理由は、2つあると考えています。1つは『となりの山田くん』は、水彩画風アニメとして作られている為、全編淡い色合いになっています。その為、普通のセル画風アニメである『千と千尋の神隠し』の色合いと、あまりにも差が有りノウハウが生かしにくかった事。もう1つは、ビデオに対し否定的な宮崎監督の影響で、ジブリ側がビデオ作成にそれほどの情熱が注がなかった、少なくとも劇場版フィルムを作るのに比べて、低かった事。

 それにしても、ビデオに対する宮崎監督のネガティブな発言といい、鈴木PDのビデオ10年間封印発言といい、劇場に来る観客の2倍以上のお金を払うビデオの観客に対し、ちょっと失礼なんじゃ無いかなと、率直に思います。少なくとも映像作家の発言としては、『話の話』で有名なユーリ・ノルシュテインの『ビデオは映画に本としての地位を与える』という意見の方が、遥かに格好良いと思うのは、決して私だけでは無いと思うのですが…

 う〜ん、この問題を取り上げて、途中までは『どこが高畑勲ネットじゃあ!!!』とお叱りの声を受けるかと、気になっていましたが、どうやら何とかまとまったと思いますので、ホッとしています(笑)。このコラムを書く際に、『となりの山田くん』のボブスレー編を観ましたが、改めて映像の美しさに、圧倒されました。高畑監督の新作は、全編この調子で作ってもらいたいと、スタッフの苦労を毛ほども考えずに、思いますね(笑)。

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