| 今週の日曜、秋葉原に行って来ました(またかよ)。そしたら、嬉しいニュースをゲットする事が出来ました。『平成狸合戦ぽんぽこ』DVD12月18日発売です。それだけではなく、まだ発売日は決まっていないようですが、『おもひでぽろぽろ』も来年の発売が決定しているようで、取り敢えずホッとしました。赤くなるのでは、という心配はありますが(笑)。高畑ジブリ作品のDVDは、1番初めに発売された『となりの山田くん』以来さっぱり発売されず、まさかこのまま未発売で終わるのでは無いかと危惧していたので。確かにセールス的には、宮崎作品に比べ厳しいとは思いますが、ちゃんとファンはいるのですから、発売権を得ている以上は出してもらわないと困ります。 これで高畑作品の主要な物のDVD化は、劇場版『じゃりン子チエ』と『柳川掘割物語』を残すのみになりました。『じゃりン子チエ』の方は、TV版も発売された事ですし、関西でも人気が高い作品ですからいずれは発売されるとは思うのですが、心配なのは『柳川掘割物語』の方です。これのDVD発売権も、ブエナビスタが持っており、このあまりにも商売にならなさそうなこの作品を、果たし発売してくれるのか、非常に心配です。 ところで、秋葉原のショップで確認したジブリDVDは、高畑監督作品だけではありません。NHKドキュメンタリー『人間は何を食べてきたか』の発売も告知されていました。これにも少し興味がありますね。NHKの番組には質の高い物が少なくありません。最近のヒットでは、個人的に”国威発揚番組”と呼んでいる(笑)『プロジェクトX』とか、語り口が魅力の『その時歴史が動いた』などがありますが、決してこういったお堅い番組だけではなく、アニメも質の高い物を製作しております。凄いと思うのは、アニメの内容が決して堅い教育的な内容等ではなく、面白さの追求を第一の姿勢にしている事です。特に『カードキャプターさくら』は、同性愛の雰囲気まで醸し出しており、我が国の国営放送のフランクさに、愕然とさせられます。 とまぁ、そんなNHKですから、ジブリが発売する『人間は何を食べてきたか』もきっと質が高く面白い番組だとは思いますが、実は番組内容にはさほど興味がありません。気になるのは特典映像、高畑勲・宮崎駿両氏と番組制作スタッフとの座談会です。千葉市美術館の講演会もそうでしたけれど、こういった教養的な内容の時の高畑監督は、実に光ります。非常に内容の濃い座談会であることが期待で来ますので、これには楽しみです。ただ、短い座談会目当てで買うわけですから、財布と相談しなければいけませんけどね(笑)。 しかし、こういうDVDを発売するジブリセンスは、はっきり言って嫌いですねぇ。『耳をすませば』の、原作はただ絵を描いているだけの少年が、映画ではバイオリン職人になる為、イタリアに修行に行く事になってしまっているのと同様の、一種の嫌らしい臭いが感じ取れます。口では上手く説明できませんけれど、妙な気取った雰囲気を感じるのは、きっと私だけでは無いと思います。 『人間は何を食べてきたか』発売に関連する、ジブリ出版部だよりにもある種の嫌な臭いを感じます。2002年9月21日の日記では、以下のように書かれています。 このように魅力的な番組ですが、ジブリがソフト化する以上、ジブリらしいカラーをさらに付け加えたいとも考えました。(赤字は引用者)元の番組に対する敬意を示しながらも、ジブリらしさ”も”アピールしたいという内容でした。しかし、2002年11月13日になると、論調が変わります。 企画立ち上げ当初、「昨今のDVD市場を見るにつけ、単にソフト化するだけでは、訴求力が弱い」「ジブリがソフト化する意味を前面に出すことが必要なのではないか」などといろいろ考えた末にひねり出したのが、高畑勲監督・宮崎駿監督に参加してもらってスタッフとの座談会を行うというアイデア。(赤字は引用者)何なんでしょうね、この態度。スタジオジブリは、商売よりも作品性を重要視する事を標榜するスタジオです。ですから、海外での上映にノーカットにこだわるなど、作品性を守る事を非常に重要視しています。しかしそれは、あくまでも自分達の作品にだけ適用されているのでは無いでしょうか。”ジブリがソフト化する意味を前面に出すことが必要なのではないか”という考え方には、元々のNHKの番組に対する敬意を見る事は出来ません。もっとも、NHKのスタッフにしてみれば、自分達の番組が発売される事や、高名な宮崎駿監督と座談会が出来る事自体が嬉しい事でしょうから、その点においてはあまり私が文句を言う筋合いでは無いのかもしれません。しかし、NHKスタッフが感謝するのと、私がジブリの態度に疑問を感じるのは、関係がありません。以上挙げた理由から感じる、ジブリの傲慢さに対しては、私ははっきりと、不快の念を感じている事を言っておきたいと思います。 こういう身内贔屓と言える態度で思い出されるのが、細田守の降板劇です。この件に関しては、スタジオジブリも東映も、貝のように口を閉ざしたままですので、詳しい事を論ずる事は出来ません。しかし、1つだけ言える事は、『ハウルの動く城』の製作プロデューサーだった鈴木敏夫は、過去に、プロデューサーとは監督の味方になる事、と発言しています。高畑監督や宮崎監督の味方にはなるのに、何故、細田監督の味方にはならなかったのかを、疑問に思われるのは仕方が無い事でしょう。私の友人に細田守のファンがいますが、彼は『細田守の2年を返せ』と言っております。スタジオジブリは、このファンに対してどういう見解を持つのでしょうか。 どうもジブリの発言は、変な方向にバイアスがかかっていて、本音が見えません。それの判りやすい例が、『近藤喜文の仕事』の復刊問題です。この本は私も所有していますが、素晴らしい本です。しかし、ジブリ自らの出版で限定本である事から、ネットオークションなどで高値の取引がされるなど、現在では入手が難しい本です。ですから、読者の復刊希望を集めるサイト、復刊ドットコムでも復刊希望が訴えられていました。このサイトではある程度復刊希望が集まると、直接交渉をするそうなのですが、残念ながら、復刊交渉は、失敗に終わった様です。 本書は限定版の刊行でしたので無理との関係者見解でした。誠に申し訳ございませんが「残念」とさせていただきます。スタジオジブリは出版社では有りませんので、出版事業に割く手間が無いと思われます。ですから復刊されない事に関しては、それほど不思議だとも酷いとも思いません。しかし、気になるのは、この本を作った時のジブリ側が示していた出版意義です。この本の責任編集者である、安藤雅司は序文でそれを述べています。 今、アニメーターを職業とする人、アニメーターを志す人に、そんな彼の仕事を見つめ直してほしいと思う。これがあるから、復刊を断るのが理解出来ないのです。私は谷口ジローが好きでして、絵の勉強の為、彼の作品である『犬を飼う』の模写をやった事があります。本格的に模写する場合は、本の形のままでは非常にやりにくい為、もう一冊を購入して解体して行いました。それが出来るのも、1000円もしない値段で本が購入できるからです。例えば、あるアニメーター希望の若者が、『近藤喜文の仕事』に感動し、それの模写をし勉強しようと思っても、私が『犬を飼う』で行ったような方法は、なかなか取れる物ではありません。何と言っても『近藤喜文の仕事』は、市場価格で数万円もする貴重本なのですから。 『近藤喜文の仕事』が高価な貴重本になってしまう事は、安藤雅司が序文で述べた出版意義と相反するものなのでは無いでしょうか。現役アニメーター、アニメーター志望の若者が、見たいと思ったときにいつでも見れる、気軽な本にする事の方が、出版意義にあう物に見えるのは、果たして私だけでしょうか。せっかく復刊の要望が集まり、近藤喜文の仕事に目を向けたいという人がいるのです。ジブリで出すのが面倒くさいのであれば、他の出版社の力を借りるという手だって有るはずです。この本の出版された近い時期に、徳間書店から近藤喜文の画集が発売されてますが、この本は何回か刷り直されていて、それなりに売れている事が判ります。セールスも見込めるのですから、やる気になる出版社だってあるでしょう。それなのに、限定出版だから断るという態度を示している以上、この出版意義はあくまでも建前であり、本音は別のところにあり、と判断するのが妥当と言えます。 勿論、ジブリ作品の出来そのものには、以上の意見は直接的には関係が無いのかもしれませんが、このような事に疑問を感じるスタンスも、私は有りだと思います。結論を言いますと、スタジオジブリの発言と物の考え方には、傲慢さと欺瞞性を私は感じる事が出来、批判されるべき点が多いのと考えております。 |