| 以前、掲示板及びメールで、宣伝をお願いされました、学芸大学で行われました『こどもの時間』上映会+特別対談、高畑勲×北原和子に行って来ました。平日の昼間のイベントでしたが、何とか半休が取れましたので、行く事が出来ました。このイベントは、埼玉県にある『いなほ保育園』を紹介した、自主制作ドキュメンタリー映画、『こどもの時間』の上映と、この保育園の園長、北原和子さんと高畑勲監督の対談です。 勿論、高畑監督ではなく映画が中心のイベントですから、映画と映画の対象である、いなほ保育園を中心ですし、対談もそれの話題です。ですから、ここのホームページのお客様の多くが、この映画についてご存じないと思いますので、簡単に説明する為。会場で頂いたチラシの紹介文を引用したいと思います。 『こどもの時間』に登場するこどもたちは、埼玉県桶川市にある、いなほ保育園に通っています。 こどもたちは0歳から6歳の友だちおよそ100人と、およそ30人の大人と、山羊や馬と、火や水や土とともに生きています。彼らと6年あまり向き合って、この映画ができました。いなほ保育園が誕生したのは1981年。最初は小さな園庭からの出発でした。その後、こどもが存分に駆けまわれる約4000坪の土地を借り、園舎を築き、今日にいたります。つまりは、自然の環境を作り上げた保育園があり、そこでの子供たちの生活を紹介した、ドキュメンタリー映画、というのが一番シンプルな説明になるのでしょうか。なかなか面白いドキュメンタリー映画でした。この紹介文で興味を持たれる方でしたら、楽しめると思います。元々、何故こういう対談が実現したのか、主催者にお話を聞かせて頂きましたが、高畑監督自身がこの映画が好きで、広める為に色々と尽力していたらしく、それが縁でこの対談の実現になったそうです。ですから、主催者の方から特にお願いしたという訳では無いそうです。映画の内容も、高畑監督が好きである事が、大いに頷ける物ですね。 さて、当然映画が中心のイベントですから、私のような高畑監督目当てで来ている人は少ないと思いましたが、予想通りといいますか、予想以上の少なさでした。対談の後に質疑応答の時間がもうけられており、両氏に質問出来たのですが、高畑監督に質問していたのが、私だけだったという事でも、それは伺えます(笑)。といいますか、卒園した子どもの母親とか、いなほ保育園の職員の方々や、実際に保育の仕事をされていて、映画に興味を持った人達が大勢居まして、『高畑マンセー』だけでやってきた私は、かなり異端だったと思われます(笑)。 勿論私は、映画や北原さんのお話も楽しませて頂きましたが、当然高畑監督の話しを中心に集中していました。その中で、私が一番面白かったのが、自身のアニメーション映画の話しですね。最近の高畑監督のファンタジー嫌いを感じさせる話しでした。この話しが出たのは、北原さんが『となりのトトロ』の話しをしばしばしていた所為だと思っています。ファンタジー、特に『となりのトトロ』のように、良く出来たファンタジーほど、より有害であると発言した事もある高畑監督ですから、これについて言っておきたかったのだと思います。こう書くと、高畑監督が北原さんに腹を立てていたかのように、思われるかもしれませんが、そういった雰囲気はまったくありませんでしたよ。私個人は、『それは宮崎作品だ(゚Д゚)ゴルァ』と少しだけ、北原さんに対して心の中で突っ込んでいましたが…(藁。 高畑監督は、自身の反省も含めて、日本のアニメには”ドキドキ”はあるけど”ハラハラ”が無いという事を言ってました。初めは何の事かさっぱり判りませんでしたが、『千と千尋の神隠し』を例に説明していました。要は、日本のアニメーションは、観客が主人公に感情移入して、その視点で楽しむように作られている。『千と千尋の神隠し』もそうで、観客は千尋になって、あの世界を冒険します。しかしそれだと、自分のみに何が起きるのだろうと、”ドキドキ”していると千尋と同じ感情を味わえますが、例えば、主人公は知らないが観客は知っている罠があって、主人公がその罠に気付かず、今やその罠にかかろうとしているというシーンでなら味わえる”ハラハラ”は、味わう事が出来ないという話しでした。 それに、本物リアルを知らなくて、それの代用品がファンタジーになってしまっている。そのような現状が非常に心配だ、という事も言ってました。『となりのトトロ』も、非常に美化された自然である、とも言ってまして、本当の自然を知らない子が代用品しか知らなくなってしまう事を、心配していたようにも思えます。しかし、ファンタジーの完全否定ではなく、いなほ保育園で本当の自然を知っている子供たちが、ファンタジーはファンタジーとして、現実の代用品でなく楽しむ事自体は、まったく問題ない事だとも言ってまして、そこら辺は誤解しないで欲しいと言ってましたね。 これについては、ある程度私も同意見でして、自然と付き合うべきであるとは言いませんが、娯楽を楽しむにしても、ブラウン管やスクリーンに映る物だけを楽しんでいるのは、やはり不健全ではないかと思います。やはり、作劇を楽しむのであれば、たまには演劇に行った方が良いと思いますし、音楽を楽しむのであれば、コンサートに足を運んだ方が良いと思いますし、スポーツを観るのであれば、スタジアム観戦をしたほうが良いと思います。 やはり、2次元の画面だけでは味わえない、目の前に実在している物を感じるのは、非常に刺激的です。偉そうな事を言っても、演劇は『サクラ大戦歌謡ショウ』しか行きませんし、Jリーグも必ず行っているのが、天皇杯決勝位です。まぁ、音楽に関しては、趣味でやってはいますが…そんな少ない経験だけでも、やはり目の前で生のオーケストラが鳴って、生身の人間の演技を観たりするのや、国立競技場の冷たい風に触れるのは、2次元画面で楽しむのとは全く違うのが判ります。面白いのは、レッドカードを食らって、退場になったりする選手が、怒りのあまりドリンクボトルを蹴っ飛ばしていたりすると、ほんの豆粒くらいにしか見えない筈なのに、その怒りが非常に良く伝わってきたりする事です。この感じは、TVでは絶対判らないです。 話し以外で面白かったのは、相変わらず全く大物に見えない高畑監督の人柄です。以前に行われた、千葉市美術館の講演でも、スライドを映写する為の、部屋の明かりの電源を美術館のスタッフにやらせず、自分で操作していた高畑監督ですが、ここでも同様の人柄を見せてくれました。いなほ保育園では、北原さんの旦那さんも働いていまして、映画でもその仕事ぶりが見られますが、それについて北原さんに質問した時、会場に来ている旦那さんに直接答えてもらう事になります。その時の、手招きする高畑監督の仕草も、大物の風格に程遠かったのですが、自分の座っている席を立って、座らせようとするのには、非常に驚きました。結局は、スタッフが北原さんの隣に席を用意したのですが、高畑監督はその後、どこに座るつもりだったのか、非常に気になります(笑)。 私は、以前のコラムでただの1ファンに、感想依頼のハガキを送ってくる高畑監督の人柄について書きましたけれど、こういう偉ぶったところが全く無い、というよりは、偉ぶったところが全く無いにして程度ってモンがあんだろうよぅ、といったところは、私が大好きなところです。私は当然の事ながら、高畑監督を屈指の映画監督として、非常に高く評価しています。しかし、これは確信を持って言えますが、高畑監督は自分を大物だとは、毛ほども思っていないでしょう。前に、2ちゃんねるの高畑スレで、宮崎駿のようなオーラが無い事を嘆いている人がいましたが、私はそれでこそ高畑勲なんだ、と強く主張したいです。 自分にとって大事な物を良く知っていて、芯が通った考えたかを持っている、しかもそれに対してブレが無い。そんな人間像を、私は感じ取れました。まぁ、ある意味私にとってお馴染みの、高畑勲像だったとも言えますが、再確認という意味でも価値があり、休みを取ってでも行った価値があったと思っています。ただ、高畑監督に質問する人が、1人くらいいても良いのになぁ、とファンとしてはちょっと思ってしまいましたね(笑)。 |