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第2話『ジェノバの少年マルコ』

 この第2話が当初第1話となる筈でして、1番最初に作られた事は前回のコラムでも書きました。宮崎駿のインタビューによれば、これが完成しラッシュを観た時、他のスタッフが喜んでいたのを尻目に、高畑勲と宮崎駿は打ち拉がれていたそうです。
『オバケを作ってしまった、これを後51本作るんだぞ』と…
当時、高畑、宮崎の両氏がオバケと呼んだこの第2話、さてそれはどういった物なのでしょうか?

 オバケです。(笑)確かに、これを残り51本作る事を考えれば、気が遠くなるのも当然の事でしょう。

 前回にも書きましたが、今のアニメでこのレベルに到達できる物。少なくともこの方向性の物では絶対にあり得ないと、説教爺の昔話のようなコラムを書きましたが、この2話についても書きます。とにかく筋書きらしい筋書きが無い。それを演出で見せてしまう。この圧倒的な演出力には、驚く以外ありません。

 この話しの簡単な筋書きを説明します

図1、16時間労働の不満をぶちまける、気持ちは良く判ります。(笑) 母親がアルゼンチンに行ってから1年後の、とある土曜日。鉄道学校に通って、なかなかジェノバに帰って来れないトニオが久しぶりに帰ってくる。兄を迎えるために、御馳走の準備にいそしむマルコ。そんな時、母親の手紙を乗せた定期船ミケランジェロ号が、3日も早くジェノバに戻ってくる。早速母親の手紙を受け取りに行くマルコ。その間にトニオは帰ってきて、その後一家団欒を楽しむロッシファミリー。そして、翌日の日曜日、海に行く計画を立てるのであった。

 たったこれだけです。実際に海に行くエピソードは、第3話で、しかもこれも1話分まるまるかけて、描かれます。

 この短いストーリーを、たっぷりと演出で見せていくのですが、全体的に見所満載といえますが、私が好きなのは前半です。学校から帰って、家から市場に向かい御馳走の準備をする。昼食のパスタを準備しているところに、ピエトロが帰ってきて、親子2人の食事をするまでです。 この後、同じアパートに住んでいる、カタリナの夫であるルキーノが泥酔して帰ってくるシーンがあります(図1)。しかしこのシーンは、高畑監督の左翼プロレタリアート的部分が色濃く、どちらかというと(と言うより明らかに)右に寄っている私にとって、あまり面白いシーンではありません。(笑)

図2、美少女ルチア、出番が少ないのが残念…(笑) 話しが逸れましたが、父親との食事までのシーンを細かく追っていきます。

 まずは学校が終了し、家に戻ろうとするマルコを、級友が呼び止めます。彼が想いを寄せる、お金持ちの少女ルチアの家に、一緒に遊びに行こうと誘います。このルチアがなかなかの美少女です。(図2)ルチアの目的はマルコで、結局はダシに使おうと言う魂胆ですが、トニオを迎える準備に忙しいマルコは、あっさりと断り、家路つきます。

 そして、家に帰るまでなのですが、これが凄い。立体的なジェノバの街の裏路地、マルコの通学路が、空間表現の天才宮崎駿のレイアウトと、椋尾篁率いる美術スタッフにより、緻密に美しく表現されます。(図3)その間何カットも、窓やパイプや洗濯物を見せるカットがあり、そこに人間が生活する空間がある事を演出しているのです。(赤ん坊の泣き声も聞こえ、音による演出も効果的に行われています)

 動きや演技点でも優れたシーンが続きます。やたら中割が細かいマルコの走りのカットや、道を塞ぐ大きな馬車を避けるマルコ。(図4)水をバケツに汲む前に、走って乾いた喉を癒すマルコ。軽快な音楽で表現された、軽快な走りから、一転して重いバケツをゆっくりと階段を登る、緩急。

図3、レイアウト、美術、ともに素晴らしい! 部屋のドアを開けた瞬間に、アメデオが部屋の中から飛び出してきて、また画面に動きが入ります。その瞬間に、リコーダーがメロディーを奏でるほのぼのとした音楽が入り、明るい雰囲気を醸し出します。余談ですが、高畑監督は東映動画時代に、スタッフとリコーダアンサンブルのバンドを組んでいたそうです。バケツを部屋に入れ、買い物かごを取り、ワイン用の瓶と隠してある財布から買い物用のお金を取る、その演技の細かさ。

 ただ、学校から家に帰るまで、これだけの描写が存在しているのです。他のアニメで、学校から家に帰るまで、普通どれだけの描写がされるのかを考えれば、この描写の丁寧さは、凄いを通り越して常軌を逸しているとすら言えるでしょう。そして、これがまた実に良い雰囲気を生んでいるのです。

 そして次は、市場での買い物です。これがまた凄い。

 お金を持ったマルコが、部屋を出て市場に行こうとしますが、ハッと気づいて、財布を隠してある壺の横にある、母親の写真にキスをします。そして、それを見ていたアメデオに対して、照れるマルコ。可愛らしい場面です。

図4、この芸の細かさ! 駆け足で市場に向かうマルコですが、市場に到着するまでが凄い。路地から飛び出して、洗濯女にぶつかりそうになるマルコ。恐らく近道であろう路地にあるバーの雰囲気、バーの前にいる物欲しそうな犬。港の奥行きのある風景。

 港の市場に到着するまで、これだけの情景のカットを見せ、雰囲気を醸し出します。観客は、ゴミゴミした路地から、明るい港へ行く開放感を、このシーンで味わう事が出来ます。

 市場についてからも、野菜売りのおばさん、魚売りの親父、ワイン売りの男、それぞれの会話のやりとりが、また細かいのです。

 ピーマンを嫌がるマルコ。
 タコに酷い目に遭わされるアメデオ。
 一度はいつものワインを注文しながら、思いとどまり一つ上のワインを注文するマルコ。

 この買い物の細かさが、実にリアルです。日常生活に付き物の日々の買い物を、リアルに描く事によって、高畑アニメ特有の何とも言えない生活感を、観客は楽しむ事が出来るのです。

 細かい日常描写はまだ続きます。買い物を済ませたマルコは、父親との昼食のパスタを作る描写です。

 ここまで書いて思うのですが、コラムを書くだけでも疲れます。(笑)これで、アニメを作るという手間は、どれほど途方も無い事なのでしょうか?

 カタリナから火種を貰い、おっかなびっくりで運ぶマルコがまた可愛い。コンロを用意し、そしてここがまた細かいのですが、水の入った鍋に火をかけ、窓を開ける。ここの開放感がまた素晴らしい。

 そのタイミングでピエトロが帰ってくるのですが、ここでまた別の音楽が、良いタイミングで入ります。今気づきましたが、これらの音楽は全てリコーダーです。もしかすると、高畑監督は統一感をねらったのかもしれません。

 ここで、ピエトロとマルコの親子の会話と食事があるのですが、ここの描写がまた細かい。もう疲れたので書きません。(笑)でも一言だけ、ここのパスタがなかなか美味そうなのです。グルメアニメ演出家(笑)高畑勲の、面目躍如と言ったところでしょうか。

 この後、上で書いたカタリナとルキーノのエピソードになるのですが、恐ろしい事にこの時点で、やっとAパートが終わります。

 勿論、Bパートもこれに匹敵するレベルでの描写が、当然のように続きます。これをオバケと言わず、何と言うのでしょうか?本当に、コラムを書くだけでも疲れますので、これで終わりにします。(笑)

 でも、一言だけ。

図5、ジューッ!旨そう! マルコとトニオで料理をするシーンがありますが、油を引いた熱したフライパンに、ジューッ、と焼ける魚が、これまたやけに美味そうです。(図5)

 この後、オバケを51本作るスタッフは地獄を見る事になったのでしょうが、その結果がこの素晴らしい作品なのですから、我々にとっては非常にありがたい事ですね。(笑)高畑監督のこの食べ物描写の上手さは、一体何故なのでしょうか?さしてグルメには見えないのですが…(爆)

 今後も、食べ物描写については、細かく書いていきたいと思います。

 さて、この回の名シーンですが、シーンとして絞るのはやや無理がありますが、マルコとピエトロの食事シーン辺りですね。食事を通しての、親子の暖かい交流が、観る者の胸もまた暖かくする名シーンと言えるでしょう。

 今回はここら辺で、次回も読んでいただけるとありがたいです。

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