| さて、前回ほんのちょっぴり、顔の半分くらい出演していた、マルコの親友エミリオの登場です。今後、マルコへの素晴らしい友情を見せ、観る者の心を強く打つ彼ですが、初登場である今回は、その片鱗しか見せません。まぁ、紹介程度ですね。エミリオの紹介だけではなく、この回は説明の回とも言えるかもしれません。マルコを囲む環境の紹介、今後の展開への伏線等、今後のドラマの準備段階とも言える話しでしょう。こういう話しは、ちょっとコラムが書きづらいです…(笑) まずは、冒頭のマルコとピエトロの会話ですが、前回の話しでのマルコの苛立ちが、未だ収まっていません。マルコの苛々の原因である、仕事を見つけたいという欲求がかなえられていないから当然ですし、子の心親知らずでピエトロが分かるはずもありません。この後、ビン洗いの仕事が見つかり、急にご機嫌になるマルコですが、このギャップがなかなか楽しい。 苛つきながら家を出るマルコですが、学校へ向かう前に(結局は学校へは行きませんが)エミリオを見舞いに行きます。この見舞いのシーンで、貧しく苦しい生活をしているエミリオの家庭の雰囲気が、良く表現されています。借金取りを恐れ、マルコ一人である事を確認するベルナルド。咳き込む声で表現される、母親の病気。特に、ベルナルドのおどおどした態度が、非常に痛々しいです。 この時エミリオに会わせて貰えなかった事、昨日エミリオが働いていたのを見かけた事から、エミリオが働いていると確信したマルコは、通学路の途中で待ち伏せして、馬車に乗るエミリオを発見します。この間、マルコには何の台詞もありません。また、ハイジと違い三千里にはナレーションもありません。でも、観客にはマルコの考えが、非常に良く伝わってきます。 一緒に馬車に乗り、エミリオの仕事場に行く2人ですが、ここでエミリオの貧しさの原因。父親がいない事がさり気なく説明されます。こういうさり気なさが、高畑作品の良いところです。 さて、エミリオとのドライブの途中、レストランで働くフィオリーナをマルコは発見します。特にどうと言ったシーンではなく、今後一緒に旅をする伏線として、マルコがフィオリーナに強い印象を受けていたという事を示すだけのシーンでしょうが、これがなかなか味わい深い。 遠目に見えるフィオリーナに、ハッとするマルコ。その姿を見て、昨日出会った情景を思い出すマルコ。レストランを通り過ぎて、フィオリーナの姿がレストランの中に消えても、目で追い続け、エミリオに声をかけられるまで、我に返らないマルコ。フィオリーナに惹かれるマルコの心が、強く伝わってきます。特に何と言って良いか分からない、どうって事のないシーンかもしれませんが、見ていて実に気持ちの良いシーンです。音楽が、また良いんですよね。 ところで、このフィオリーナを見かけるシーンでは、回想シーンが出てきます。高畑監督の回想シーンは、普通のアニメ良く見られる、回想シーン回想シーンした物とは違い、通常シーンのように何の細工もしないで挿入されます。このシーンもそれで、リアリスティックな描写を好む、高畑監督らしさを見る事が出来ます。 エミリオの仕事場に着き、エミリオの仕事のシーンになりますが、この仕事のシーンがまたリアルです。煉瓦を投げ渡すかけ声、その中でエミリオだけが少しだけ苦しそうな声になっています。また、下から煉瓦を投げる役割と、それを受け取る役割が、大人がやって、煉瓦を積む役割がエミリオ。まだエミリオが体力の無い子供だという演出がされています。途中で、一回けつまずくエミリオや、息を切らし汗を拭うエミリオが、またらしいです。(図1)私は学生時代、工事現場でアルバイトをしてまして、現場の中で沢山の荷物を運びました。肉体労働の現場は、いくら機械化された現代に於いても、結局は人手が大きく物を言います。ですから、昔の工事現場と、今の工事現場に、雰囲気にそれ程の違いは無いと思われます。その自身の経験と照らし合わせますと、このシーンの工事現場の雰囲気は、非常に良く出ていると感じます。東大卒のインテリである高畑監督が、工事現場で働いていた経験を持っているとは考えにくいですから、観察眼と思考により雰囲気を描いているのでしょう。驚くべき事ですね。工事現場で働いていた経験があったとしたら、別の意味で驚きますが…(笑) この後、エミリオにビン洗いの仕事を紹介されますが、このビン洗いの仕事は、イタリアでのマルコのドラマの、大きな存在となります。まずは見習いとして働くマルコですが、ここでの労働のアニメイトは、エミリオの煉瓦運びと同様、実に細かくリアルで雰囲気が実に良く出ています。ビンの透き通った感じも綺麗です。(図2)マルコのせっかちさを見て、心配するジロッティもらしいく、職業人の大人の雰囲気が、良く出ています。マルコにも言ってましたが、ジロッティにとってビン洗いの仕事は、面白半分な物では無く、日々の糧を得る非常に大切な物である事が伝わってきます。こういう描写で高畑監督が描こうとしている物は、社会人の観客でないとなかなか伝わって来ないでしょう。三千里のこういう大人向けアニメの雰囲気は、非常に好きです。まぁ、私も中年ですから当然ですが…(笑) 『となりの山田君』で、対象年齢中年のアニメを作った高畑監督ですが、ヤングアダルト路線とは違う、大人を対象とした作品をこの当時から指向しているのが伺えます。 余談ですが、『カウボーイビバップ』等のヤングアダルト向けの作品が、大人向け作品と呼ばれるのに、私は違和感を感じていまして、そこら辺は分けて語られて欲しいと、常日頃から思っています。別に、ヤングアダルト作品が悪いわけではありませんよ。『カウボーイビバップ』は、私も好きな作品ですし… 話しを戻しまして、三千里は高畑作品の中で、特に職業人が沢山登場する作品です。人間を描写する為の方法論として、労働という物に重きを置いている高畑監督の指向が、強く出ています。労働と言えば、糧を得る為の労働もありますが、日々の生活を支える家事労働もあります。この後、マルコは昼食を作ります。市場に出かけパスタを作るという、第2話と同様の描写が、きちんと描かれているのが凄い。しかもバンクは少し。(市場のシーンでちょっと)こういう地味な積み重ねが、どういう効果をもたらしているかを考えると、後進のアニメ演出家の指針となったのではないでしょうか。大変だけど、積み重ねれば人の心に訴える事が可能である、それを証明したのではないでしょうか? このシーンに似た味わいを感じさせてくれたアニメが、『カードキャプターさくら』でした。原作にはほとんど無い、家事当番のエピソードは、家族が力を合わせて生きていく姿が良く描かれていました。魔法少女アニメというファンタジーアニメとしても面白かったですが、ホームドラマアニメとしても非常に面白い物でした。そういえば、このアニメも食事が旨そうなアニメでしたね。 食事が旨そうと言えば、殆どバンクの市場のシーンですが、揚げ物やのシーンは違いましたね。何を揚げているのかは判りませんが、実に旨そうでした。”ジューッ”う〜ん実に旨そう。(図3)マルコが家に戻り、食事前のピエトロの世界地図のプレゼントのシーンですが、今後のマルコの旅を説明するシーンです。単なる説明だけに終わらず、雰囲気のあるシーンに仕上がっています。 早速、ジロッティの店で働くマルコですが、このシーンも労働の雰囲気が良く出ています。洗うべきビンがプールから無くなっていて、腰に手を当て延びをするマルコ。(図4)空も青く、開放感が素晴らしい。ヘトヘトに疲れ、直ぐに眠ってしまうマルコ。そして、この回の最後。これがまた名シーンです。ピエトロに起こされるマルコですが、スパッと起きて夕食の支度をするマルコが、素晴らしく爽やかです。機嫌のいい時のマルコは、かようにこれほど気持ちの良い子なのですね。(笑) さて、今回の名シーンですが。ちょっと変わり種で、ビンの入った箱を運ぶマルコでしょうか。(笑)マルコの力の入り方、足のよろめき方、頭の使い方、バランスの崩し方、実に丁寧でリアルです。それを見て、慌てまくるジロッティがまた良い。(図5)手に汗握る、実にスリリングなシーンでした。(笑) |
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