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第5話第7話

第6話『マルコの月給日』

 この回のコラムを書く前に少し。高畑勲監督が2005年の『おかやま国体』の開・閉会式クリエイティブアドバイザーに選ばれたそうです。ちなみにニュースソースはアニオタニュース、じゃなくて(笑)、毎日新聞岡山版です。こちらで読めますが、リンク切れがあるかもしれませんので、記事全文を掲載しますね。
「おかやま国体」05年開催 開・閉会式のアドバイザーに高畑勲さんを委嘱

 県は30日、05年開催の「おかやま国体」の開・閉会式クリエイティブアドバイザーに、アニメ映画作家の高畑勲さん(66)=東京都在住=を委嘱した。中学・高校時代を県内で過ごし、父親の浅次郎さん(故人)が県教育長を務めたことなどの縁から、石井正弘知事が昨年11月に就任要請し、承諾を得ていた。記者会見した高畑さんは「県民全体として、やってよかったと思えるような国体になればいいと思う」と抱負を語った。

 高畑さんは1943年に父の転勤で岡山に移り住み、岡大付属中学、県立朝日高校で学んだ。東大卒業後にアニメーション映画に携わり、「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを制作した国内アニメ界の第一人者として知られる。

 県庁で行われた委嘱式では、石井知事が高畑さんに委嘱状を手渡し、「21世紀早々の一番大きなイベントとして、県民総参加による実行委員会を立ち上げています」と説明した。

 国体開・閉会式は、今年度に基本計画が策定され、来年度に実施計画が決まる。高畑さんには開・閉会式全般について意見を述べてもらう。記者会見で高畑さんは「現時点で具体的な案は2、3ある。可能かどうか考えながら検討していきたい」と話した。 【駒崎秀樹】
 一体誰が、どういう基準で選んだのか、甚だ疑問です。実は私、最近私用で岡山に行く機会がありまして、その時地元の人間に聞いたのですが、いまいち盛り上がっていないそうなのです。ですから、話題作りをしたいというのが、本音のような気がするんですけれど…。人寄せパンダなのかなぁ、と思っています。高畑監督も良く引き受けたました。

 『風の谷のナウシカ』のプロデューサーの要請があった時も、『自分に適正があるとは思えない』、とずっと断ってきた(最終的には受けましたけれど)高畑監督です。スポーツイベントのアドバイザーなんて、本来映画監督である彼からすれば、プロデューサーよりも畑違いではありませんか?どういう経緯で引き受ける事になったのか、非常に興味があります。

 但し、やった事のないプロデューサーの仕事を、非常に高いレベルでやりこなした高畑監督ですから、このアドバイザーの仕事も単なる人寄せパンダという話しではなく、真剣に取り組むのであれば、我々を驚かす仕事をやってのけるかもしれません。そういう意味では興味が湧きますね。場合によっては、岡山へ行こうかなぁ…(笑)

 しかし、父親が県の教育長を勤めていたのには驚きました。高畑監督の思考や嗜好を考えると、あまりにもらしくて、思わず笑ってしまいますね。後、大学は東大、高校は朝日高校、というのは知っていましたが、中学が岡大付属中学というのは知りませんでした。国立大学付属中学ですから、高畑監督が如何に子供の頃から秀才だったのかが、良く判りますね(ちなみに朝日高校は、県下一の名門高校です)。宮崎駿が『パクさんはテストが出来なくて苦しんでいる夢を見た事が無い、憎らしい!』と言うのもうなずけます(笑)。

 これくらいのインテリですから、アニメ業界には話しが合う人は少ないでしょうね。千葉市美術館での公開対談でも思いましたが、ああいう美術談義とかが、好きなんだろうとなと思います。学者の友だちも少なくないのではないでしょうか?

 さて、それはともかく三千里もこの話しから、不安な陰が忍び寄ります。第5話から1ヶ月後の話しがこの第6話ですが、アンナからの連絡が、安定しなくなるのです。その不安さの表現で、この回ではマルコの夢が冒頭で描かれます。夢の中でのアンナの表情等で、不気味な夢の演出は上手く描かれていますが、私が好きなのは、ピエトロのマッチですね。

 悪夢で目覚めたマルコは、遅れている定期船の汽笛を聞き港へ出かけます。明け方4時前ですので、アメデオに静かにするよう言い、マルコも抜き足差し足で、静かに階段を下りていきます。この気遣いが凄いです、本当に細かいところに気を使っているのが判ります。そんなマルコの早起きに起こされたピエトロは、煙草を吸おうとするのですが、そこでマッチが折れます。その描写がまた細かい。

図1、根本から折れるマッチ棒、不吉…(でもマッチ箱はシャレてるかも) まず、火を付けようとしてマッチを擦りますが、これが折れてしまいます。そして新しいマッチを取り出そうと、マッチ箱を開けますが先ほどの折れたマッチが最後のマッチだと判ります。そして、折れたマッチを拾い上げ、擦ろうとしますが今度は根本から折れてしまいます(図1)。そして独り言を言った後、上着を吊しているところまで行き、ポケットからマッチを取り出し、擦ろうとしますが、またこれも折れてしまいます。不安の表現としては、あまりにもベタな表現で、普通にやればつまらない物になるのが当たり前と思いますが、これだけ丁寧かつ徹底して行われている所為で、非常にこれからのドラマの不安感の予感として、非常に見事な演出になっていると言えます。さすが高畑監督、と唸らずにはいられません。

 港に着いたマルコですが、そこにはジーナがいて、荷物や手紙のチェックをしています。そこでジーナは、アルゼンチンで暴動が起こりかけていた事をマルコに教え、不安感は更に増します。マルコの予感も半分当たり半分はずれで、汽笛はアルゼンチンからの定期船の物でしたが、アンナからの手紙は届いていません。手紙をチェックする時のジーナの表情の演技がまた細かく、文章を追う視線、無いと判った時の表情の曇り方、演出意図と的確にリンクした、非常に良い演技です。優秀なアニメーターが、感情表現豊かな表情の演技をアニメートする場合、どうも”アニメーターが腕をふるう”という事になりやすく、こういう演技は結構珍しいのではないでしょうか。ちなみにそれが悪いといっているわけではありません。OVA『魔法使いTai』で中富七香がふられるシーンの表情は、非常に可愛いと思いますし…

図2、マルコの暴動の言葉を聞き、般若のような表情で驚くピエトロ 表情の演技というと、この後やってくるピエトロが、マルコの口から暴動という言葉を聞いた時に見せる表情が(図2)、この言葉がどれだけ強くピエトロの心に突き刺さったかを、良く表現しています。普段マルコにアンナの心配よりも自分の勉強をと言うピエトロも、やはりアンナの事が心配である事が、観る物に非常に伝わってくる演技です。アニメーションにおける、キャラクターの演技を非常に大切にする高畑監督の姿勢を、伺える事が出来ます。

 ちなみに港でのシーン全般に於いて、不安になるマルコに、色々と気を使うジーナの姿は、彼女はマルコの事をどう思っているかが非常に良く伝わってきます。でも私、この人のちょっと大袈裟なわざとらしい話し方が、あんまり好きではないんですけどね。(笑)

 事務所を後にする2人ですが、急用が出来たとかで、ピエトロはマルコに夕食代を渡し、港からそのまま仕事に向かいます。その夕食は、セベリーノ爺さんの焼く、チーズをいっぱい使った焼きたてのピッツァらしいのですが、そのいかにも旨そうなピザは、残念ながら出てきません(笑)。

図3、あらよっと この後は、マルコの仕事とピエトロの仕事が描かれます。まずはマルコのビン洗いの仕事です。このシーンでは、寂しがってマルコの仕事場に来てしまうアメデオが、まず楽しい。非常にちょこまかと良く動きす。ビンと戯れる姿は非常にユーモラスで芸細で、素晴らしい。このシーンでは動きが一々楽しいのですが、特に良いのは逆立ちですね(図3)。

 すっかり1話単位の枚数が減ってしまった現在のTVアニメでは、こういった面白さは味わえないでしょうね。私の友人の息子さんが、某アニメーション専門学校に入学して、入学式に父親として参加したそうなのですが、その入学式での話しを聞いて、日本のアニメ業界の人手不足の深刻さを痛感しました。アニメで一番人手が必要なのは、当然1話につき、未だ数千枚の絵を描かなければならない、原画動画でしょうが、将来の原画動画マンとなるべきアニメータ科の新入生が、女性ばかりだというのです。

 アニメーターになりたい男性も、女性に負けないくらい沢山いるでしょう。しかし男は働いて金を稼ぐのが義務とされています。妻子食わせて一人前という考えが、未だ主流でしょう。今後どうなっていくかは判りませんが、少なくとも現在は、男性は仕事に於いて女性より重い責任を背負わされ、女性は家庭に於いて男性より重い責任を背負わされています。そう考えた時、アニメーターの仕事を特に収入の面で考えた時、どうでしょうか?

 第3話のコラムで、アニメージュ5月号での谷口悟朗氏の発言を取り上げましたが、その記事の中で『ある程度経験を積み、能力もある人間は、皆かなりの収入を得ていますよ。』とも言っています。ですから、一人前になれば十分に男の仕事(古い言い方ですが)と言える物になるようです。しかし、彼等が新人の時はどうなのでしょう?今、一流と呼ばれるアニメーター達の、初年度の年収は一体いくらなのでしょうか?私が友人に聞いたり、アニメ雑誌の記事などを読んだ印象では、とても一人暮らしが出来る収入では無いように思います。つまりは一人前になるまでは親に食わしてもらわなければならないのです。これを息子に許す親は、娘に許す親に比べて、一体どれくらいいるのでしょう?

 最近では、国や都がようやく日本におけるアニメ文化の重要性を認識してくれて、色々な動きがあるみたいです。是非とも、見込みがありそうな奴くらいは、一人前になるまで、せめて飯が食える位にはしてあげて欲しいと、日本のアニメの未来を考えた時に、素人ながらそう考えるのです。そうすれば、女性と同数の男性が、アニメータになる道が開けるのでは、単純計算ながら人手が2倍になるのではと考えているのです。

図4、『えっ?もっと貰えると思ったのに…』といったマルコの表情 余談はさておきマルコの仕事に戻ります。ついにアメデオが見つかって、厳しい表情で『良いわ!』と言うジロッティと、マルコの素晴らしい働きぶりを見て、それをとがめるのを止めるジロッティが、やる事さえやっていれば、細かい事には目をつぶる、仕事の世界の雰囲気が良く出ていて、三千里の大人アニメとしての魅力が、さり気なく出ているシーンです。しかし、私が一番好きで、恐らくは多くの高畑ファンが同意してくれるだろう、このシーンでの一番の描写は、やはりマルコの給料だと思います。給料を払って十分奮発したジロッティと、『もっと貰えると思ったのになぁ』と呟くマルコとのギャップが(図4)、実に高畑監督らしく、これも大人アニメの味わいに満ちております。

 またまた悪い比較で申し訳ありませんが、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』で、似たようなな場面があった時、映画館の中で苦笑してしまいました。主人公のキキは、宅配業を営みますがその初仕事の時のギャラを、その依頼主である、いかにも優しそうな美人のお姉さんから手渡されるところが、このシーンとそっくりですが、『こんなに!』と思わずキキが呟いてしまうくらいに高額の金を支払ってくれるという点で、似て非なる物と言うか、似ているが正反対と言う事が出来ます。

 いえ、別に良いと思いますよ。宮崎作品は明るく楽しく女の子が可愛いのが魅力なのですから。でも、『少女の自立』を謳った以上、あれは無いでしょう。キキが世話になるパン屋の女将オソノは、キキの父親の従妹だという裏設定があるに相違なく、だからこそあれほどキキに親切だったのだと、私は確信しているのです。(笑)

 マルコの仕事は離れて、今度はピエトロの仕事です。前半で語られたピエトロの急用というのが、アンナからの手紙が届かなかった、つまりは金が送られてこなかったので(笑)、借金の返済を待ってもらわなければならないという事が、後半のピエトロのシーンの冒頭で判ります。この借金の話しも含めて、ピエトロの仕事がこの回で初めて観客に紹介されますが、それがまた凄い物なのです。忌野清志郎の、CMにも使われて昔のヒット曲そのまんまの世界が展開されます。ここでのピエトロは実に男っぽくて良いのです。ちょっと悲惨ですけど(笑)。

図5、厳しい大人の表情を見えるピエトロ 借金取りとのタフな交渉、貧しい者が集まる病室の雰囲気、ロンパルディーニ医師とのやりとり、資産家モレーニからの交渉取消の連絡、恐ろしく厳しい状況での、しかし偉大な仕事である事を観客は知ります。その過酷さは、ロンパルディーニ医師の口から、マルディー医師が過労で休んでいる事、給料の遅延、労働量は2倍である事が語られ事で、更に詳しく説明されています。しかし、その過酷な状況のなかでも、力強く前向きに取り組んでいるピエトロの姿は、実に格好良いのです。その時のピエトロの表情(図5)には、マルコには見せない厳しさをがあり、またこれが良い。

 三千里には、これからもまだまだ格好良い大人の男が多数登場してきます。高畑監督は、『となりの山田君』のインタビューで、子供が主人公のアニメを観る大人の観客を批判してます。その行為その物は、私はかなり嫌いですが(それについては機会があれば…)、これだけ大人を描いた作品を作った事を考えれば、気持ちは理解できます。今や子供すらいる大人の観客も珍しくないのですから、大人を描いたアニメがもう少しあっても良いのではないでしょうか?

 最後にトニオが登場し、次回が引っ越しの話しである事が語られ、この回は終了します。これがまた痛い話しなのですが、それについては次回。ようは貧乏が悪いと言う事なんですけどね(笑)。ちなみにこのシーンでは、ペッピーノ一座が公演をやっていて、フィオリーナに心惹かれるマルコが描写されています。

 さてこの回の名シーンですが、う〜ん何でしょう…やっぱり診療所でのピエトロですかね。私がこのアニメを『オヤジアニメ』と呼んでいる理由を、見事に示してくれているシーンでした(笑)。それはともかく、トニオのおごりでピザを食べるのでしたら、ピエトロから預かったお金を果たしてマルコはどうしたのか?非常に気になる部分ですね(笑)。

©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976

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