三千里における、マルコに次ぐ最重要キャラクター、フィオリーナ。この回は、マルコとフィオリーナの感動的な出会いが描かれる、非常に爽やかな回です。痛い話しが多いこの作品で、この爽やかさは非常に貴重です(笑)。その証拠に、この第7話が収録されているDVDの表紙は、そのシーンになっています。しかし、前回にも書きました通り、前半は非常に痛い引っ越しの話しが描かれています。爽やかなシーンを、ただでは楽しまさせてはくれない、高畑監督のたちの悪さが非常に良く出ていると言えるでしょう(爆)。ではまず、その痛々しい引っ越しを書きたいと思います。(笑) 冒頭は、引っ越しの手伝いの為に戻ってきたトニオを含めて、3人の朝食のシーンから始まります。ここでのマルコは非常にはつらつとしています。まぁそれも当然で、引っ越しというイベント性の高い出来事が、子供の心を躍らせるのは当然ですから。子供の頃に引っ越しを経験された方は、当然マルコの高揚する気持ちを理解できると思います。ただ、はつらつと言いましても、そこはマルコですから、実マルコらしいはつらつさを見せてくれます。マルコらしさとは何でしょう?怒りんぼだという事です。(笑)引っ越し労働に張り切ろうとするマルコ、常に一人前に見て貰いたがっている彼ですから、自分がいなければ引っ越しが成り立たない事を、強くアピールします。『僕がいなかったら、とっても1日じゃ済みはしないよ』というマルコの背伸びをした台詞が、実に彼らしい。それを受けてトニオが、マルコが学校から帰ってくるまでには終わるであろう事を告げると、マルコの怒りに火がつきます(笑)。この瞬間湯沸かし器のような性格が、実にマルコらしい(笑)。そんなこんなで、ピエトロは学校を休む事を許可しますが、『おいおい、マルコを医者にしたいんじゃなかったのか?』と思ってしまいますが、これもイタリア人らしさのかもしれません。日本の常識では、あまり考えられないですね。こんなだから、ドイツ人に『今度戦争をやる時はイタリア人抜きでやろう』等と言われてしまうのです(笑)。 しかし、マルコの楽しみもここまでで、ピエトロが引っ越し先を見てすらいないという事から、この引っ越しに暗雲が垂れ込み始めます(笑)。引っ越し場所も、ほんの直ぐそば。それも、暗く、狭く、荒れ放題。しかも、よりによって、マルコとトニオの部屋が一番荒れているというのが、あまりにも酷い(笑)。すっかり落ち込むマルコを、何とか慰めようとするトニオですが、開けた窓がいきなり壊れるという描写が、なかなか強烈です(図1)。海がほんの少ししか見えないのも、また痛々しい(図2)。不動産業者は、良い部分を大袈裟にアピールする物で、子供がそれに裏切られる事は、現在でも非常にあります。見るからに痛々しく、この演出はちょっとやりすぎなのでは、と思わないでもないですが、お金が無いのが引っ越しの動機であれば、これも当然であり、ロッシ家が置かれている現実を、突き放し的確に描いていると思います。結局は自分達が置かれている状況を、判っているマルコですから、怒りのパワー全開で引っ越しをします。この引っ越し作業その物の描写も、実際はドラマその物にそれ程影響があるわけではないので、手を抜いても全く不思議はありませんが、ここでもなかなか見せてくれますね。特にカルロとトニオで棚を担いで階段を登るところの描写はスリル満点です。この時、マルコはジロッティに今日の仕事を休ませて貰うよう、連絡に行きますが、仕事が非常に忙しく、有無を言わさず仕事をやらされてしまうのが、仕事という物の厳しさを良く表現していて、これまた大人アニメ味わい十分です。 マルコが仕事から帰ってくると、引っ越しも既に終わっています。この時の部屋の描写も面白い。初めで示された荒れた部屋も、整理する事によって(狭く汚い部屋には変わりありませんが)何とか人間が生活する空間に変容していて、棚に置かれたアンナの写真、マルコとトニオの部屋に張られた世界地図等で描かれますが、やはりこの変容の雰囲気を表しているのはテラスですね(図3)。ここでさり気なく入る、トニオの歌がまた良い雰囲気です。しかし、即興で歌詞を作るトニオは、なかなかの芸術家ですな(笑)。さて、辛く悲しいAパートが終わり(笑)、いよいよBパートです(厳密には違いますが…)。マルコは屋根の上からトニオとピエトロを見送るり(またここの音楽が良い!)、その後、屋根の上を冒険します。ここでフィオリーナと実質的な出会いがあります。ここでのマルコとフィオリーナの交流が、実に素晴らしい。 『駄目なの私なんか』と初対面のマルコにすら言ってしまう位、劣等感の虜になっているフィオリーナ。判るなぁその気持ち(涙)。そんなフィオリーナの心に、飛び込んで彼女の心開いていくマルコ。まず見事なのは、フィオリーナが名乗る前に、彼女の名前を『知ってるよ僕、フィオリーナ、そうだよね?』と呼ぶ事です(図4)。まるでカヲル君がシンジ君の心に飛び込んだようですね(笑)。初対面でありながら、マルコがここまで積極的にアピールする事が非常に自然に見えるのは、マルコがフィオリーナに心惹かれていた描写が、これの前の数回で描かれているからですね。 そして、2人で屋根の上に登り、海を見に行くのですが、その前にジュリエッタの様子をフィオリーナは確認します。これは、子守を委せられている人間なら当然の行動で、こういう描写を積み上げていくからこそ、三千里は非常にリアリティのある作品になっているのでしょう。『こんなに海が近いのに、いつもちいさな海しか、私達には見えないのね』とフィオリーナが言うような小さな海ではなく、大きな海が2人の眼前に広がります。屋根の上に登った瞬間のフィオリーナのスカートのはためきが、屋根の上の爽やかな風を描写がします。暗い室内と明るい海のコントラスト、そしてここで流れる音楽が、海の見える風景の爽やかさを表現していて、観客に爽快感を与えてくれます。屋根に登ったマルコは、アルゼンチンにいる母親への熱い思いを語ります。ここでのマルコの声の演技が、少し震え声の演技になっていて、マルコの熱い強い想いが観客に伝わってきます。そしてそんな強い想いから、大きな声で『おかあさーん』と呼ぶマルコのシーンに続いて、カモメのシーンが入ります。凄くベタな演出だと思うのですが、前回のマッチの描写同様決まっています。高畑監督のこういうベタな描写って、非常に良く決まるのは一体何故なのでしょう。 そしてこの回最大の名シーンは、『僕たち友達になれるよね』と問いかけるマルコに、手を差し出し握手で応えるフィオリーナでしょう。さり気なく差し出される手の動き(図5)、微妙に、本当に微妙に微笑んでいる表情が、彼女の心を雄弁に物語っていて、アニメーションにおける、人間の心を表現する為の演技という観点に於いて、高畑監督はいかに素晴らしいかが、非常に良く判る名シーンだと思います。マルコの問いかけが2回というのも、また良く、1回目の問いかけの後、フィオリーナのアップになるのですが、そのアップはちょっと無表情、少し不安げ、マルコの友情を求める心が、彼女の心に深く突き刺さったのが良く判ります。こういう人間の心の描写が、これほどのレベルにまで到達しているからこそ、私は『母をたずねて三千里』を史上最高のTVアニメ、並ぶ物すら存在しないと、確信するのです。(反感買いそうだなぁ…) |
©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976