| 現実の厳しさ。高畑勲作品では現実を客観的に見据え、それを的確に表現するので、辛い現実が画面上強く現れる事が珍しくありません。しかし、辛い現実、楽しい現実、普通の現実、全てが均等に描かれるのが、高畑監督の客観性であす。この均等性が、現実をリアルに描いた事が魅力となっている、多くの他作品との違いです。 現実を描いた作品で、良くあるパターンは、辛い現実をリアルに描いた作品です。そして、このタイプの作品で出来の良い作品は、現実をリアルに描いたという評価を貰いがちです。しかし私はこういう評価に首を捻ります。これらの作品は、辛く厳しい現実を、上手に描いているとは思います。しかしそれを強調しようとするあまり、普通の現実、楽しい現実を全く無視しがちな傾向があります。これでは現実をリアルに描いているとは思えません。辛い現実の対称の幸せが、おとぎ話のような幸運であったりする事も、またリアルな現実と言い難い物でしょう。 次は、最近人気の、普通の現実を静かに描いた作品です。普通の現実、要は日常ですね。辛い現実を描いた作品は、上に書いた理由で大抵は好きではないのですが、こちらの作品は好きな物が多いです。これらの作品の特徴は、普通の現実的日常の中に時々、ちょっとだけ嬉しい事が描写され、観客を少し幸せな気分にしてくれます。ですからこれらの作品は、普通の現実、楽しい現実は、表現されているのです。しかし、残念ながら、辛い現実は往々にして入っていません。穏やかな日常の中、突然訪れる、胸に突き刺さるトゲのような辛い現実は、描かれていないのです。 高畑作品は、客観的視点により、色々な現実が冷静に、ありのままに描かれています。この事が判りやすいのは、同じ高畑作品である『赤毛のアン』です。殆どが、延々と普通の現実で占められていて、時々、飛躍のない現実的なエピソード、幸せな物、辛い物が少しずつ描かれます。その普通とはちょっと違うだけの出来事が、もの凄いインパクトある表現となるのです。女の子らしい可愛い服をプレゼントされたというエピソードだけで、これだけ幸せな表現となる作品が、一体どれだけあるでしょう。髪を切らざるを得なくなった女の子の悲しみが、これだけ胸に迫る作品が、一体どれだけあるでしょう。作劇が、現実にあり得ないエピソードを使わず、どこにでもあり、いつでも起こりそうなエピソードだけで、人の心に迫る作品が作れる事を、高畑作品は証明しています。それは、つまらないと思っている日常も、良く観察すれば、愉快で楽しく幸せになれる出来事は、いくらでも転がっている事も証明しているのだと、私は思います。 さて、この回の感想に戻りましょう。この回の前半は、辛い現実、子供であるマルコが想像もしないような辛い現実にさらされます。まずはマルコの失業です。ビン洗いの機械が導入された為、仕事を失ってしまうマルコ。親に嘘をつき、学校を辞め一日中働こうと思っていた矢先の出来事です。ジロッティが差し出す、退職金に愕然とするマルコですが、真に辛いのはジロッティの筈。ここでの仕事を失ってしまった大人の、辛さ悲しさが、彼の台詞の1つ1つから、染み出してきます。まさく、魂を打つ名台詞の数々といえるでしょう。その中でも、高畑アニメらしい台詞が、『どうにもならんのだよ』ですね。でも、私が一番好きなのは、『機械がわしらからパンを取り上げてしまうんだ』ですけど。ちょっと左翼っぽいのが何ですが(笑)。大人アニメのティストたっぷりの三千里ですが、このシーンは不景気日本の大人達の心に、強く響くのではないでしょうか。ちなみに、ここの音楽も凄く良く、悲惨なムードを盛り上げています。失業したマルコは、他の仕事を求め、親友のエミリオを訪ねますが、ここでも悲しい現実がマルコを待っています。エミリオが、前の晩に足を怪我したて担ぎ込まれたのにも関わらず、仕事を他人に取られない為、仕事の為現場に出ている事を、エミリオの弟ベルナルドに知らされるのです。急いで現場に行くマルコですが、ここでのエミリオがまた凄い。包帯でぐるぐる巻きにされた足を引きずりながら歩くエミリオ。『大したこと無い』と明るく言うエミリオとは、あまりにも対照的な痛々しい姿に、マルコは目を潤ませ怒ります。この時のマルコの怒り方、そして自分の事を心配してくれるマルコに気を使うエミリオ、これらの描写が、彼等の友情の深さを表現していて、胸を打ちます。別れの最後に、ちらりとマルコの方を見る演出も憎いです(図1)。ただ、2人の友情についてはまだまだで、今後更なる友情エピソードが待っていますが… しかし、この時の包帯で足を巻かれたエミリオの描き方は、実に高畑監督らしいですね(図2)。現実に包帯を巻かなくてはいけない時は、巻かれている本人にとって、悲惨な状況であります。ただ作劇上では、こういう描写になる事は少なく、ギャグ作品での笑いのアイテムとか、エヴァンゲリオンの包帯を巻かれた綾波レイのような、むしろ魅力を増す為のアイテムとして使用される方が、むしろ多いでしょう。勿論ギャグアイテムとしての包帯の使い方も、高畑監督は知っているのでしょうが、ここでは現実的な表現として使っています。『火垂るの墓』の焼夷弾を食らった母親と、同じ価値観の描写ですね。あそこまで酷くはありませんが。この後、『おめでたいペッピーノ』の化けの皮がはがれて(笑)、家に戻るマルコですが、意気消沈しているマルコにトドメを刺すかのようなエピソードが。マルコの以前の家の窓から、新しい住人であろう少年が、買い物に行く彼の母親を見送るのを見せられます(図3)。何もここまで、と思いたくなるような描写ですが、高畑監督はこういう時は徹底的にやる人ですから、これも当然でしょう。 ひとしきり、マルコを襲う辛い現実の描写がありましたが、確かにこの回の今までの描写も見事な物ではあるのですが、しかしこの回の真骨頂は、後半のピエトロの診療所でしょう。熱い、あまりにも熱い姿を、ピエトロは見せてくれます。 傷心のマルコが家に戻ってくると、玄関でサンドロと名乗る見知らぬ男が待っています。このおっさん、なかなかの豪快さんで、見ていて気持ちが良いです。ピエトロの診療所への案内をマルコに頼み方、詳しく知らないマルコの事などお構いなしに、ぐいぐいと外へ連れ出そうとします。『なぁに、近所まで行けばすぐにわかるさ』等と言ってますが、もしマルコが思い出せなかったら、一体この人はどうするつもりだったのでしょう(笑)。アメデオを気にするマルコに対しても、『いや、あの部屋には誰もおらんよ』と、とりつくしまもありません。彼にとって大事なのは、今日中にトリノに発ちたいので、自分にはあまり時間がない事だけ(笑)。外に出てからも、彼のGoing My Wayっぷりは全く変わりません。マルコの歩くペースなど全くお構いなしで、大股にさっさと歩いて行くサンドロ。俯瞰で描かれた、マルコの早足が彼の豪快な性格を、見事に表現しています(図4)。これだけの表現で、キャラクターの性格を的確に表現する高畑監督の演出の冴えは、見事としか言いようがないでしょう。そして、極めつけは海に向かっての立ち小便。いや〜、全く持っての豪快さん!やはり男子たる者、細かい事は気にせず、これくらい堂々と生きたい者です。この立ち小便の時のリコーダーの音楽が、なかなか良い感じで、高畑監督らしいユーモアが楽しめます。オヤジ激熱アニメ三千里の中でも、なかなか光るオヤジっぷりを、短い出番ながら存分に見せてくれますね。オヤジアニメ監督といえば、『ジャイアント・ロボ』等で有名な今川泰宏監督がいますが、オヤジの熱さでは全く引けを取りません。 診療所に着き、中に入るサンドロ。ピエトロの診療所を『砦』と表現するのが、またらしく、中に入りピエトロと熱き男の抱擁を交わすところなど、実に男らしくて良い。こういうピエトロの表情も、初めて登場します。マルコの知らないピエトロが表現されていて、キャラクターに厚みが増します。ただでさえ、厚みがあるキャラクター、これ以上厚くして一体どうしようというのでしょうか?(笑)こういう熱く、男臭い男が、アニメでは本当に少なくなりました。何故なんでしょう。マンガでは未だにいるんですけどね。余談ですが、ピエトロのタイプの男が好きな方には、集英社のオールマンで連載されている『監査役野崎修平』がお薦めです。銀行の監査役が主人公のマンガですが、正義感溢れる主人公が、超格好いいマンガです。単行本も現時点で11巻まで発売されています。それはさておき、久しぶりの友情を暖める暇もなく、この回のハイライト、瀕死の患者が運ばれてきます。ロンバルディーニ医師の話しから、大怪我のよる出血多量で、命の灯が消えるのも時間の問題である事が類推されます。豪快さんのサンドロも医師らしく、この時のロンバルディーニの会話が、当時のイタリアの雰囲気を表現していて、非常に面白いです。輸血の事を人類の夢と言う台詞が、時代を感じさせ、神様の話しがやたら出てくるのも、キリスト教国家の雰囲気が良く出ています。『神が与えてくださった尊い血を他人の血で汚す事になる』と言うロンバルディーニに、『神は同じ1つの体からアダムとイブを作られたんですぞ』と切り返すサンドロが、実に良いです。 そんなやり取りを見ながら、何の躊躇いもなく、ピエトロは輸血を行う事を決めます。かなりのリアリストのようです。初めは近親者を捜すピエトロですが、いないと分かると、自らが血液の提供者になる事を決めます。ここでの決断の素早さが、実に良い。この2つの決断には、一瞬の躊躇いもありません。更には、未知の技術である為、ロンバルディーニからその危険性、命すら危ないかもしれない事を告げられるのにもかかわらず、『万に一つの可能性が残されている以上、この人を見殺しにしてはならないでしょう』と、その決意に毛ほどの揺らぎはありません。実に男らしく、実に格好良い。いや、目眩がするんですけど、マジで。(笑)ピエトロは旅のエピソードに入ってしまうと、出番が無くなってしまい、全体での出番は案外少ないのですが、その中のベストが間違いなくこれですね。異論は許しません!(爆) 父親の仕事が、どれだけ凄まじい物なのか、思い知らされたマルコ。彼の電撃の食らったかのような衝撃を受けた事でしょう。そして、父親の無事を祈るマルコの、小刻みに震える手が(図5)、彼の気持ちを強く表現していると思います。そして、アルゼンチンに行きたいなどとは、二度と言わないと誓い、この回は終わるのです。但し、その誓いもあっという間に覆されますが(笑)。最後のマルコの誓いもなかなか良いシーンなのですが、私はその前のサンドロが帰るシーンの方が好きです。彼もピエトロと同じ志を持つ男、ピエトロに負けないくらい忙しいのでしょう。あっさりと去ってしまいます。恐らく、ピエトロとろくに話しも出来なかったのでしょうが、万の言葉を費やす以上の言葉を、ピエトロと交わしたであろう事が伝わります。男同士の友情はこうでなくてはいけませんね。なんか『レッツダチ公』の解説している気分になってきたな(笑)。って、知っている人はいるのでしょうか?(爆)この回最大の名シーン、もうお解りですよね?強烈な男っぷりを見せてくれる、ピエトロ・ロッシですよ。お客さん!!! |
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