この回は夢のシーンで始まります。三千里は結構夢のシーンがありますが、その殆どが悪夢です(笑)。まぁ、ストーリーを考えれば、当然とも言えますが。しかし、ここでの夢のシーンは違います。遂にアルゼンチンへの第一歩を踏み出したマルコですから、正しく夢のような夢です。(変な日本語…)この夢の描写なのですが、これが非常に良くできているのです。飛び魚の羽が、透き通った物になっている事。水の中の揺らぎの描写。CGアニメ全盛の今では、こういう描写は非常に簡単に出来るでしょうが、セルアニメの時代、しかもTVでこれをやっているのが、まず凄い。水中でのマルコとアメデオの動きも上手い。水の中で、浮力がかかっている事や、抵抗がある事が、実に上手にアニメイトされています。しかし、ここで一番印象に残ったのは、水の中から地上に繋がる部分です。水中で潜水で泳ぎアメデオを追うマルコですが、突然赤い肉の壁に衝突します(図1)。実はこれがアンナのスカートでして、そのままマルコはアンナに抱きかかえられます。この時は既に地上になっていまして、ここの場面転換は非常に上手で、私はとても気に入ってます。さて夢の話しはさておき、この回はある意味非常に高畑監督らしい回と言えます。それはどういう事かと言いますと、ストーリーらしいストーリーが無い回だからです。マルコの旅は、殆どが苦難で満ちあふれていると言えますが、フォルゴーレ号での旅は数少ない例外で、親切な大人達の好意に囲まれて、マルコはのんびりと旅を楽しめます。そんな、開放的な船旅の雰囲気を、観客に楽しませるように位置づけられている回と言えるでしょう。ですから、ストーリーが無いのです。船旅の雰囲気が、ただ描写されているのです。 一応形だけのストーリーとしましては、相変わらずの働き者っぷりを存分に見せるマルコを見て、マルコが可愛くて仕方が無いレオナルドは、何とか楽をしてもらおうとします。しかし、それはマルコですから言う事を聞きません。それを見てレオナルドは、『マストに花を咲かせろ』という、解答の無い謎を与えて、マルコを仕事から遠ざけようとします。 これだけですね。このストーリーを骨格として、沢山の描写が、先日の七夕の短冊よろしく、沢山ぶら下がっているのです。この描写の1つ1つが、また味わい深く面白のです。 まずは、朝起きる描写。朝になり、船員達を起こしにレオナルドがやってきますが、その物音を聞きつけ、マルコが起きてしまいます。早速働きに行くマルコに『お前はもっと寝ていたら…』と言うレオナルドですが、こういった描写から、レオナルドが本当にマルコの事が気に入っていて、働かせるつまりは無い事が判ります。またこのシーンでは、『火種はどうするんですか?』と聞かれ、怪訝な表情をするレオナルドが面白いですね。マルコの陸での常識が、海との常識とは異なっている事が、さり気なく描かれていますね。 次は、朝食のエピソード。炊事場の仕事を馬鹿にする船員が登場します。この時の悪態が、また細かい。細かいと言いますか、よくもまぁ、人の仕事をここまで悪し様に罵れるのかと、驚きます。とは言っても、この後のこの船員の態度から、悪気がある訳ではないのが判ります。いかにも口の悪い荒くれ男というキャラクターですね。レオナルドも慣れた物で、なかなか良いあしらい方をするのが良いです。それを受けた 『潮風でもたらふく食べて下さい』というマルコの台詞が、またまた良い味ですねぇ〜ちなみに、三千里ではこういう荒くれ男が沢山でてきます。こういうキャラクターがアニメで少なくなっているのが寂しいと思いますし、高畑監督がこういうキャラクターの描写も、大変上手だという事に驚きも感じます。前回、マルコがフォルゴーレ号に乗る事を、事実上許可した船長ですが、マルコがコーヒーを届けに行くシーンで、船長がマルコに対し感じている気持ちが、レオナルド同様の物であるのが、実に良く判るのが見事です。最初の寄港地、マルセイユが近い事を告げ、家族への手紙を促したり、マルコと同じ年頃の自分の息子の話しをするのが、船長の人間味に厚みを持たせています。また、緊張のあまり、退室する際に、ドアとは明後日の方向に、手と足を一緒に出してしまうマルコを見て(図2)、大笑いするところ等も良いですね。この船長、出番は非常に少ないのですが、これだけしか登場しない人物を、これだけ魅力的に描かれているのが、何度も言いますが三千里の素晴らしさといえるでしょう。 さて、冒頭に書きました通り、マストに花を咲かせるよう言いつかったマルコは、甲板に出てきます。マストにどうやって花を咲かせるのか、悩みながらマストを眺めるマルコを見て、事務長がやってきますが、ここでの事務長の台詞がまた面白い。マストに花を咲かせる等という突拍子も無い事を言うマルコに、それの命令者であるレオナルドに対する、罵詈雑言。先ほど船員と違い、ちょっと婉曲に皮肉っぽく言うのが、実にこの事務長の性格を表しています。台詞も良いのですが、肥やしの話しになった時に、実際には肥やしも何にも臭って無いのに、鼻をハンカチで押さえるのが、良いですねぇ。男版ロッテンマイヤーさんと言ったところでしょうか。 ちなみに、このシーンで甲板で読書していて、うろちょろするアメデオに、目を向ける婦人が登場しますが、この婦人、フォルゴーレ号の旅の中で、名前も殆ど出番が無いどころか、台詞も数える程しか無いにも関わらず、なかなかの印象を、観客に与えるとキャラクターとなります。アメデオに気付き、興味深げに驚きの表情を見せるところとか、マストを見上げるマルコに釣られ、同様にマストを見上げるところの演技など、地味な物ではありますが、良い味を出しています。ここでの演技では、事務長の悪態に少し微笑ところが一番良いですね(図3)。少し後のシーンになりますが、石炭で真っ黒になってしまったアメデオを、ネズミと間違えて悲鳴を上げるのも、楽しくて良いです。昔、『ネオ・ファンタジア』で有名なブルーノ・ボセット作品の特集がアニメージュでされていて、その作品についての評論を高畑監督がしていましたが、そのキャラクターの演技を絶賛していました。(タイトルは忘れましたが、猫が主人公のアニメです)日本のアニメは、動きは重視するが演技についてはどうだろう、というような事も書いていたと思います。そういう文章を書くだけあって、キャラクターにしっかりと演技をさせているところが、高畑アニメの面白さでしょう。ところで、ここでマルコが見上げるマストのてっぺんには、ブラジルの国旗がはためいています。フォルゴーレ号の船籍はイタリアでしたが、こういう船は、行き先の国の旗を掲げる物なのでしょうか? この後の、船員達との交流も前半同様、ストーリーがありません。しかし、その分エピソードはしっかりと構成されており、エピソードの中での人物描写も丁寧に行われています。船で上での真水の大切さを、マルコに教えるロッキーとか、樽1個詰めて1トン船とかあるのですが、そんな大きなエピソードよりは、どろどろになった服を洗濯する為に、お湯を貰ってくるエピソードが、私は好きですね。 お湯はボイラー室で貰うのですが、まずはエンジンルームの絵が素晴らしい(図4)。メカ好きの宮崎駿の実力が存分に発揮されていて、力強く運動するピストンが、なかなかの格好良さです。『天空の城ラピュタ』を少し思い出しますね。ボイラー室で働く船員も、出番はここだけしかありませんし、名前も出てきません。しかし、マルコとの短い会話で、いかにもボイラー室で働く、力強い男の雰囲気が十分感じられます。キャラクター設計がこのレベルの、名も無いキャラクターにされている事に、改めて驚かされます。三千里の見所の一つが、こういうキャラクターの面白さである事に、異論のある人は少ないでしょう。『その代わり旨い飯を頼むぞぉ』とか『熱いぞ気を付けろ』という台詞が、実にらしいですね。更には、この時のマルコの返事がトーンを変えている所とか、蛇口を熱がる演技とかが芸細で良いです。さてさて、しつこいようですが、最後の夜の甲板でロッキーとマルコの会話は、やはり気になります。ロッキーの楽器がハーモニカというのが何とも。ブラジル人ならば、ここはカヴァキーニョでしょう。カヴァキーニョを弾きながら、この頃リオで誕生した、哀愁のあるショーロでもやっていれば、実にブラジル人らしくて良かったのになぁ。後、綿畑の労働の話しからも、やはりアメリカ南部の黒人奴隷のイメージで、ロッキーというキャラクター作っているのが、確信できてしまうシーンです。う〜ん、やっぱり残念だなぁ…当時の高畑監督がブラジル音楽に興味があれば、実に私好みのシーンになったのに。もしそうであれば、今回最大の名シーンに推していた事は、間違いないでしょう。 気を取り直して選びましょう。レオナルドを罵る事務長のシーンが良いかな。後ろでちょっと楽しそうにしている、読書する婦人の演技が、ほのぼのとした雰囲気を醸し出してますね。ところで名シーンと全く関係ありませんが、船長にコーヒーを持っていく、ネクタイを締めたマルコが(図5)、妙に可愛く見えるのは私だけでしょうか?(笑) |
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