| 先週は予告もなく突然お休みを頂きまして、コラムを読んで下さる皆様に大変ご迷惑をおかけしました。夏休みといえば、海の夏、山の夏、色々ありますが、私の場合はコミケの夏でした。カッコワリー!(笑)本当は、忙しい合間をぬって、何とかアップしたかったのですが、休みに突入した木曜日に、突然職場から電話がかかってきて、金曜日突然出勤となってしまいました。金曜日はサークル参加でしたので、朝にブースの準備をして、友人に売り子を頼んで仕事に向かいました。本来でしたら、今回は大して売る物も無く、早めに夕方には家に帰ってきて、金曜日中にコラムを仕上げるつもりでしたが、仕事で帰ってきたのは夜。忙しい日を過ごした所為で、もうヘトヘト。土曜から泊まりに来る予定の友人も、私とは逆に仕事が早く片づき、金曜日の夜には来られる事になりました。もうこれは、落とすしかないと判断し、急遽夏休みという事にさせて頂きました。 コミケを考えて、週の前半にあげていれば良かったのでしょうが、不可抗力という面も若干ありましたので、どうか御容赦下さい。お詫びというわけではありませんが、今回は通常のコラムも書き、2本立てとさせて頂きましたので、そちらの方も読んで頂けると幸いです。ちなみに、コミケの事を何故、当ホームページで告知しなかったのかと申しますと、私のサークル活動が、高畑作品とは全く関係ないからです。ホームページのお客さんに来て頂いても、『コメットさん』の団扇には興味がないでしょうから(笑)。 今回のコラムの前に少し情報を。雪印乳業から『雪印 アルプスの少女ハイジ チーズフォンデュ』が9/2に発売されるみたいです。ハイジのチーズは、アニメ史上最も旨そうな食べ物の一つですが、これにより高畑監督は、グルメ演出家としての地位を固めたと言っても過言ではないでしょう(笑)。ちなみに、ハイジでは溶けたチーズをパンに乗せて食べる描写は、非常に有名ですが、実はチーズフォンデュ自体も、本編に登場しています。あの時代、日本では殆ど知られていない料理ですから、高畑監督の取材力には、舌を巻くしかありませんね。勿論、激旨そうでした。出来れば、この商品のパッケージには、おんじ、ハイジ、ペーターでテーブルを囲んで、チーズフォンデュを食べる、本編のシーンを使って貰いたいですが、まぁ、そんな事まで知っている人はあまりいないでしょうから、あり得ないでしょうね(笑)。 ところで、上記ホームページに『アルプスの少女ハイジ』の解説が少し載っているので引用します。 スイスの大自然を背景に描かれた物語で、1974年に日本で初めてアニメ化、TV放映されました。アニメ史上において歴史的な成功をおさめ、ドイツ、フランス、スペインからもグランプリが贈られた作品です。アニメ界の巨匠「宮崎駿氏」がスタッフとして参加していたことでも知られています。何と言いますか、高畑監督ファンからすると、かなり鬱な解説ですなぁ…まぁ、仕方が無いと言えば、仕方がないんでしょうけどね。まぁ、気を取り直して、この食品は一度試してみたいと思います。 さてさて今回の話しは、高畑作品には珍しいパニック物です。船が沈む、という話しですから、『タイタニック』とかに近いかもしれません。(こちらの話しは沈みませんけどね)『タイタニック』は、船が沈む描写が迫力満点の映画で、ジェイムス・キャメロンらしいメカ描写が楽しめる作品でした。ただ、ラブロマンスの部分は、ヒロインがどうしても変な女に見えて、そこの方はあまり関心出来ませんでしたけどね。当然の事ながら、三千里ではあんな派手なスペクタクルシーンはありません。向こうは100億円以上かけた映画で、こちらは20年以上前のTVアニメの1話に過ぎませんから。しかし、見劣りしないというのは無理があるかもしれませんが、センスの良い描写を楽しむ事が出来ます。 まずは、レイアウター(と言うよりチーフアニメーターと言うのが適当かなぁ)宮崎駿の力が発揮されたと思われる、スペクタクルな船の描写ですが、これがなかなか見応えがあります。波の中を木の葉のように揺れる船。甲板にかかる水飛沫。大きくゆっくりとした揺れが、非常に迫力があります、波のうねりの描写も見事です。この揺れ方なんですけれど、非常にゆっくり揺れまして、波の重量感が凄く良く表現されています。恐らく、宮崎駿の描くレイアウト用紙に、動きのタイミング等も指定もされていると思うのですが、さすが天才アニメーターと唸らせられます。メカニック描写では、空回りするスクリューが非常に格好良いですね(図1)。メカニカルな物が好きな宮崎駿ですから、嵐の中での船でこういう事が本当に起こる現象を捉えているのか、それとも格好良く見える大嘘をついているのか、私に船の知識が乏しい為、どちらかは判りませんが、迫力ある格好いい映像である事は、疑う余地がないでしょう。空回りするスクリューの音もまた良い。煙突が折れるのも、これまた大迫力。黒煙をもうもうと巻き上げながら、根本からボッキリ折れ、ゆっくり、ゆっくりと倒れていく煙突。倒れた先には、緊急避難用のボートがあるのがまた良い。それをバキバキバキーッとぶちこわしながら倒れていく描写は(図2)、破壊の美しさすらあります。そう言えば、『タイタニック』にも煙突が折れる描写がありましたね。こちらは倒れた先に、人がいるところが、共通点があるとも言えるでしょう。 さて、以上書きました海や船の描写ですが、勿論これも素晴らしいのですが、やはりこの回でのパニック感描写の見せ所は、やはり移民達の心理描写でしょう。久しぶりの雨を喜ぶ、嵐が来る為船室に戻らなければならず、不満を感じる、船室で大きな揺れに苦しみ、恐怖を感じる。開けた扉から水が入ってきて、パニックに陥る。段階段階を踏んで、人間の心の描写が丁寧にされていて、見せてくれます。この人間描写での主役が、フェデリコ爺さんである事に異論のある方は、まずいないと思います。まず、前半のヘタレ振りが良い。初めは『こりゃいよいよ皆さんとお別れする時が近づいたようじゃな』とか『そっ、そうだとも、この程度はしょっちゅう揺れる物なんじゃ』とか、不安で不安で堪らない気持ちを、何とか紛らわそうと、強がっていますが、そんな気持ちが観客に良く伝わってきて、フォルゴーレ号で、大きな揺れを既に経験しているマルコと比べて、あまりにもなヘタレな姿が良いですね。それに比べて、マルコの精神的な逞しさが光ります(笑)。 途中から、強がりも限界に来て、マルコに何か話しをしてくれと、懇願するところからヘタレ振りも最高潮。あまりの揺れにもどしてしまい、マルコに背中をなでてもらっているところとか、『からきし儂は意気地が無くて…』と弱音が出るのも、また良いですね。このヘタレなフェデリコ爺さんの大活躍もあって、船は危機を脱して朝を迎えますが、昨夜の英雄的行為をマルコが讃えても、『おかげで泣き言も言えず、10年も命が縮まったよ』と、またもやヘタレ台詞が出るところが、またまた良い(笑)。 この、徹底したフェデリコの描写が、皆をパニックから救う英雄的行為を光らせています。このコントラストが、この、英雄的行為にはあまりにも程遠い性格の持ち主が、どれほど勇気を振り絞ったのかが想像出来ます。勇気の無い者が、無い勇気を振り絞ったからこそ、その勇気が輝くのでしょう。ちなみに、船室の扉を開け、皆のパニックを誘発した張本人が(図3)、フェデリコの説得を受け『やたらに騒いで無駄に命を捨てるんじゃないぞ』と、自分の行動をすっかり忘れて、皆に説教をかましているのが(図4)、実に痛々しくて良いですなぁ…(笑)この皮肉っぽさが、高畑アニメの味わいの一つでもあります。 『赤毛のアン』でもこういうシーンはありますね。原作の『赤毛のアン』では、マシュウが何故危ないと言われているアベイ銀行から、預金を下ろさなかったのかが説明されていません。私は『赤毛のアン』は、小説の方を先に読みましたが、このマシュウの行動には説得力の無さを感じていました。恐らく、高畑監督も同様に感じていたのでしょう、マシュウとアベイ銀行の関係を示す描写が追加されて、マシュウが預金を下ろさなかった理由を、キチンと説明しマシュウの判断に説得力を与えています。 このシーンで、マシュウにアベイ銀行は絶対大丈夫だと、太鼓判を押す男が登場しますが、何とこの男、マシュウの葬式のシーンでも登場します、『良い奴だったのに』と涙を流すその男の姿に、観客は『お前が殺したんだよ!』と突っ込まずにはいられなく、何とも皮肉っぽいユーモアに溢れたシーンになっていました。この感じが、実に高畑監督らしい味わいに満ちていて、苦笑いするしかありません。高畑監督の質の悪さを実感します(笑)。さてさて、今回最大の名シーンですが、フェデリコ爺さんのパニックを鎮める、英雄的行為しかないでしょう。一世一代の大芝居、といったところでしょうか。ちなみに今回はワーストも…(爆)移民達や船員達の歌ですね。ちょっと、あれは臭すぎるというか、痛いというか、ちょっと観るのが辛いシーンですなぁ…好きな方、ゴメンナサイ(笑)。 |
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