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第22話『かあさんのいる街』

 今回のコラムに取りかかる前に、読売新聞(2002年8月30日)の読者投稿欄から。
三世代をつなぐ魅力的なアニメ

自営業 田中 道子 61
(山口県光市)

 孫娘の二歳の誕生日に「アルプスの少女ハイジ」のビデオをプレゼントしたら、「ワー、うれしい」と思いがけず母親が喜んだ。娘が小学生の時、夢中になって見ていたのを思い出し、孫にも是非と思ったのだ。

 空の色、風の音、木や草花のにおい、動物との共存共栄……。両親のいないハイジがアルプスの大自然の中でいろんなことを学ぶ姿にかつて我々もとりこになったものだ。大人の都合で、車いすの少女クララの友達になるため、都会に生活の場を移されたハイジ。だが制約の多い生活にストレスから心の病となる。

 美しい画面と人情味溢れる物語に二歳の孫もすっかり魅せられたようで、機嫌が悪い時も「ハイジを見よう」と言えば黙ってテレビの前に座る。心洗われるアニメから私たち家族は多くのことを学んでいる。
 うーん、いい話ですなぁ…高畑監督は朝日新聞を購読しているみたいなので、残念ながらこれは読めないわけですね。ですから、高畑監督の為にも、ここでアップしておくのであります(笑)。それはともかく、高畑監督には『あまり子供に見せないで下さい』等と、誰かさんみたいな変な事を言わないで欲しいと思います(爆)。

 さてさて、今回でマルコは、遂にアルゼンチンの地を踏む訳です。アルゼンチンは元々スペインの統治下にあったのですが、1810年のナポレオンによるスペイン侵略をきっかけに、スペインもその植民地も無政府状態に陥り、1816年スペイン領から独立しています。住民は主としてスペイン人の子孫。また、アルゼンチンは南米の国に中では珍しい白人国家で、98%の国民が白人だそうです。残り2%の中には、日本からの移民の子孫もいて、沖縄の『ネーネーズ』のデビューアルバムの歌詞にも、その事が歌われています。白人国家ですから、画面に登場する人物の殆どが白人なのも当然で、その点では、世界名作劇場のヨーロッパ作品の味わいを持っていると思います。

 公用語はスペイン語。マルコはイタリア人ですが、スペイン語とイタリア語は、非常に似ているのでしょうか?通訳も無く、当然のように話していますから、そうなんでしょうね。ところで、アルゼンチンのサッカー協会のサッカー協会設立は1893年でして、三千里の時代は1882年〜1884年ですから、ここから10年も経たないうちに、設立されている事になります。となれば、当然この頃からサッカーが人気有ったのでしょうから、その点の描写もちょっとあったりすると、今更ですが面白かったのではないかという気もします。

 ところで、ワールドカップの第2回大会にあたるイタリア大会は1934年ですから、マルコが生きていても不思議はありません。しかもこの大会でイタリアは優勝していますから、老人のマルコが狂喜しているのを想像するのも、結構面白いかもしれません。ただこの大会、ムッソリーニ政権の時代に開催された物で、あまり評判のいい大会ではないんですけどね(笑)。

 と、にわかの知識をひけらかしてしまいましたが、このような事を書いても、作品に全くの違和感を感じないのが、考証を綿密にやる高畑監督らしいと言えますね。少なくとも、原作より緻密にやっている事は間違いないでしょう。宮崎駿のインタビューによると、原作でアンデス山脈が見えてくると書いている場所についても、それは見えなかったそうですから(笑)。時代背景の考証というと、マルコがロスアルテス通りへの道順を聞くシーンでは、『君、字が読めるかね』と自然に聞かれところが、リアリティーを感じられる演出で、良いですね。識字率が非常に高く、字を読めるのが当然と思っている日本人が、このような演出をこの時代に思いついているところは、さすがだと思います。教養人である高畑監督らしいと言えるでしょう。

図1、哀れ、列車に引きずられるマルコ 宮崎駿いわく、高畑監督は勉強と音楽が趣味だそうですから、こういう事を事細かに勉強するのが楽しかったのだろうと思います。ところで、これだけ高畑監督が大好きな私ですが、実は彼を天才だとは思っていません。作品やインタビュー等から、天才性をと言いますか、天才ならではのひらめきを感じる事が出来ないからです。但し作品は最高ですよ。私が、この人は天才だな、と思う人が作る作品よりも、素晴らしいと思っています。

 そういうわけですから、一般に言われる『秀才は天才には絶対かなわない』というのは大嘘であると確信してますし、勉強が趣味というのは恐るべき事だなと考えています。何故なら、人は勉強をすればレベルアップする事は間違い無いですし、その勉強が趣味であれば、成長の歩みがひとときも止まらないと言う事でしょう。

 私はアニメーターとか、作り手の人間を尊敬する趣味は全く無く、クリエーター然として偉そうな態度を示す人間が大嫌いです。むしろこちらは客なんだから、頭を下げるのは向こうだと思っています。『朕の寵愛を受けられる幸運なアニメーターは希なのである』という態度が、ファンとして正しい態度とすら思っています。そんな中で数少ない例外が高畑監督なのですが、それの理由として一つは年齢的な物です。高畑監督は私の父の一つ年下なので、非常に敬意を払いやすい年齢というのがまずあります。もう一つは、高畑監督の作品の作り方のスタイルが、私の目標を達成する為の方法論に影響を与えてくれたからです。目標達成の為には勉強が必要で、それをやった分だけの成果が自分に与えられるという事を、彼の作品から教わりました。高畑監督は、私にとってただ娯楽提供者では無く、ですから人生の師として尊敬出来るのです。私は高畑監督を『天才を超えた秀才』と思っていますが、高畑監督自身も『自分の才能を信じた事は無い』と言っていました。その生き方に、もの凄い格好良さを、私は感じてしまいますね。

図2、鮮やかな包丁さばきの、女中 話しが14万8千光年ほどすっ飛んでしまいましたが、今までのマルコも色々な苦労をしますが、アルゼンチンに着いてから更に拍車がかかります。何と言っても、アルゼンチンに着いたその日に、全額スリにすられてしまうという展開が凄いです。普通のアニメでしたら、スリからお金を取り返すエピソードがありそうな物ですし、初めて観た時もそういう展開になるのではと、私も思いました。

 これに関しては、高畑監督もそういうエピソードにしようと思っていたらしいのですが、脚本の深沢一夫が、こういうのは出会う物では無い、という事で哀れマルコは一文無しになってしまいます。彼の考えるリアリズムなのでしょうが、ママと良い子のTVマンガでそういう展開は無いでしょうと思うのは、当然私だけではないでしょう(笑)。前にも書きましたが、視聴率が落ちるわけです(爆)。

 深沢一夫と言えば、インタビューで『深沢さんの脚本はのっぴきならない人間ばかり出てくるので絵が描けない、だからどうでもいい人間を出してくれ、という様な事をパクさんともあろう人が言い出すんですよ』とか言ってました。そりゃ脚本書く方は、字を書くだけだから良いでしょうが、それを映像にする苦労を考えれば、その発言も当然なのでは、とチビッとだけ思いますが、観客としては面白い作品が観れたわけですから、全く問題なしですね。ちなみに、彼にとっても三千里は辛い作品だったようで、今でも観たくないと言っているみたいです。

 えぐい話しと言えば、この回で一文無しのマルコが、走り出した列車に飛び乗ろうとして、結局は乗れなかったエピソードがありますが、ここでの列車に引きずられるマルコは(図1)、無茶苦茶痛々しくてかなりの物です。観るのが辛いくらいです。また動き的にもスピード感があって、力強いシーンと言えるでしょう。心理描写的にも、マルコの切実な気持ちが非常に伝わるシーンでして、あれほど危険な行為をも厭わないマルコの姿が、胸に迫ります。

図3、見よ!この分厚いステーキを!!! さて、マルコは当然の事ながら、ロスアルテス通り175番地に住んでいるはずの、メレッリ叔父さんには会えません。会えたら、まだシリーズ半分も来ていないのに、話しが終わってしまいます(笑)。手がかりを求めて、昔アンナが働いていたという、ロハス家も訪ねますが、肝心のロハス家の主人は留守です。ここで得たほんの僅かな手がかりを元に、マルコはバイアブランカを目指します。この2軒の家でもそれぞれエピソードがあります。キャラクターも、175番地に住む中年女性、ロハス家の留守番の女中、アンナが優しくしていた老婆などの描写があります。特に、老婆の描写は、アンナの思いやりのある性格が表現されています。また、老婆の少しぼけた感じの描写も、上手いです。

 でも一番印象に残ったのは、分厚いステーキですねぇ(笑)。女中の”シャキンシャキン”という包丁さばきも良いですが(図2)、何と言っても、肉の塊にあてる包丁の位置が(図3)、何とも素晴らしい。初めて観た時、『えっそんなところにから切るの?』と思いましたね。その前の女中の『アルゼンチンはね、お肉だけは沢山あるの』という台詞が、実に生きています。アッと驚く分厚いステーキですね。う〜ん、腹が減ってきました。実は、まだ晩飯食ってないんです(笑)。もし、『おジャ魔女どれみ』の春風どれみが、『母をたずねて三千里』を観たのなら、


「どれみ」
凄い、凄いよぉ、分厚いステーキ!あたしもアルゼンチンに行きたいよぉ…

「あいこ」
あのなぁ、どれみちゃーん、これは100年も前の話しやで。

「はづき」
そうそう、今のアルゼンチンは経済危機で大変な事になっているって、先生言ってたわ。

「どれみ」
そんなぁ、やっぱりあたしって、世界一不幸な美少女だぁ(涙)。


となるのは、間違いないでしょう(笑)。というわけで、今回最大の名シーンは、女中が牛肉の塊に包丁を入れる瞬間、とさせて頂きます(爆)。

©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976

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