| 『ところで親父さんよぉ、バイアブランカってとこは、近頃滅法活気付いて街もどんどん大きくなりそうだって言うじゃないか。』 『そんな話しだ。昔は軍隊の砦だけしか無い寂れた街だったが、南の方はアルゼンチンでもこれから拓ける新天地って訳だからねぇ。』 『精度の高い素晴らしい塩が無尽蔵に取れるって話しも聞いたが。』 『そうとも、塩は肉の貯蔵には欠かせない。これからも益々発展するだろうさ。』 以上、ペッピーノとポスコの会話ですが、う〜ん、このさりげないうんちく。こういった教養性は、高畑監督ならではと言えますね。特に、塩が肉の貯蔵に不可欠な事を説明しているのが良いです。アルゼンチンでは大量の食肉が生産されている事も、同時に説明されているところが特にですね。アルゼンチンにはアサードという、牛肉を焼き、岩塩だけで味付けをする、ワイルドな料理があるみたいです。う〜ん、美味そうだなぁ…(笑)食ってみたいです。 ちなみに我が国では昔から、塩は海水から生産していますが、湿度が高い気候の所為で、海水は簡単に蒸発せず、塩の生産に苦労した歴史を持っています。現在では、海水を原料とするのは昔と同じですが、イオン交換膜透析装置と真空式蒸発缶という機械を使って、工場で塩の生産を行っていて、ペッピーノの言う精度の高い塩、塩化ナトリウム含有率が99%以上の塩を作る事が出来ます。ただ、そういう塩は味わいが薄いらしく、自然塩と呼ばれるむしろ精度の低い塩が人気が有るようですね。こういう事を調べると、我が国が本当に資源に恵まれていないと感じます。無くては命を保てない、塩すら自身で生産しなくてはいけないのですから。このような環境で、他国から勤勉と言われる国民性が育まれていったのだと思います。 さて、脱線はこれくらいにして本編の感想です。冒頭でペッピーノはいきなり馬車と馬を買ってきますが、これって一体いくらぐらいするのでしょうか?今の常識で言えば、かなり高価そうな気がしますので、貧乏劇団のペッピーノ一座に、それを現金払いで買えるのも不思議な気がします。ただ、それはあくまでも現代の常識です。広大なアルゼンチンですから、当時では馬や馬車は日常品だったのでしょう。ペッピーノ自身も、ボロ馬車と言ってますし、結構安いのかもしれません。でも、鍛冶屋が請求した蹄鉄と車輪の20ペソより、安いとも思えないんだけどなぁ…しかもそれを踏み倒そうとしましたし…ちなみに第22話で、マルコが乗り損ねたバイアブランカ行きの列車の子供料金が、同じ20ペソでした。これもちょっと気になりますが、この時代の列車に子供料金ってあるのでしょうか?この鍛冶屋のエピソードですが、まずは鍛冶屋に行く時の馬車の揺れ方がリアルで良いですね。普通に考えれば、馬車は現代の乗用車の様に乗り心地の良い乗り物で無い事は分りますし、ボカの街のイタリア人街は、前回で書いた通りぬかるんだ泥道です。おまけに車輪の修理がまだなので、激しく揺れるのは当然でしょうが、作画的に手間もかかりそうですし、省略するのが普通では無いでしょうか。泥にめり込む車輪の1カットが、凄くリアルでした(図1)。 鍛冶屋での仕事も、丁寧に描かれていて良かったです。鉄を熱したり鍛えたり、水に入れて焼きを入れたり、釘で蹄に打ち付けたりと、鍛冶仕事の工程を1工程にそれほどの量は費やしてはいない物の、順にしっかり描かれていて非常に楽しい。馬車の修理と改造がも同様で、作業と工程がキチンと描かれている為、物作りの楽しげな雰囲気が観客に良く伝わってきます。特に、馬車の方は稼動部がありますので、楽しさもひとしおでした。こういう仕事の描写は、ホルスから続く高畑監督らしさですね。最後に馬車が出来上がった時の爽快感が、非常に気持ちの良い名シーンでした。途中から馬車の修理を手伝うマルコですが、まずは移民局に向かいます。またまた、ヘボ役人のヘボっぷりが観れます。しつこいというか粘着質というか、そんなマルコに、まぁ母親の消息を確かめるだけの為に、アルゼンチンにやって来たのですから当然ですが、辟易としていた役人ですが、マルコがバイアブランカに行く事が判った時の反応が、いかにも厄介払いが出来て嬉しい、という態度を示すのが素晴らしい。思い出した様に、実際厄介払いする為に思い出したのでしょうが、イタリア領事館を今更のように推薦するのもた良しです。そんないい加減な役人に対して向ける、マルコのストレートな怒りも良い。明らかにムッとして、『昨日そう言ってくれたら、もっと早く済んだんです。』と不機嫌な気持ちをストレートに表現するのが、実に激情家のマルコですね。 さて、ヘボ役人に紹介された領事館の役人ですが、これが同じ役人なのに全然雰囲気が違います(図2)。ヘボ役人同様、領事館の役人も大した事は教えてくれません。フランチェスコ・メレッリを個人的に知っている事、事業に失敗してバイアブランカに逃げてしまった事など、マルコが既に知っている情報しか教えてくれません。それでも、マルコが感謝の念を持つのは、やはりその態度でしょうか。誠実な人柄を、その短いシーンにも関わらず感じさせてくれます。三千里は、本当にこういう短いシーンのキャラクターでも、描写が的確ですね。ところで、殆どのキャラクターがメレリと呼んでいますが、彼はフランチェスコと呼んでいます。順番から考えて、フランチェスコがファーストネーム、メレリがファミリーネームだと思われますが、彼はファーストネームを呼び合う仲だったのでしょうか。今回の話しも沢山の見所がありましたが、やはりクライマックスは、ポスコの店でのペッピーノ一座公演です。ペッピーノは、ポスコを説得する時に、イタリア全土で経験済みと言ってますが、青天井以外の公演のシーンは今回が初めてです。やはり音楽でも芝居でも、夜の方が雰囲気が出ます。酒場というのがまた良い。 公演を開かせる為、コンチエッタとペッピーノがポスコを説得しますが、渋るポスコを見て、歌い始め、アメデオを促すコンチエッタと、それに鋭く反応して、歌を引き継ぐペッピーノが、良いです。2人とも『芸人』という、普通の人とは違う職業なのであるという雰囲気が、感じられるシーンでした。このシーンで、ペッピーノに紹介されて、スカートを引きお辞儀するコンチエッタが結構萌えなのです(図3)。そうそう、前回は(;´Д`) フィオリーナタン ハァハァでしたが、今回は数少ない(;´Д`) コンチエッタタン ハァハァな回です(笑)。特に雰囲気があったのが、酒場の酔っ払い相手の公演だったことです。観客が見事に男ばっかり。『よ〜っ、ねぇちゃん!』と、コンチエッタに下品な掛け声をかけるおっさんが良い。コンチエッタの踊りも、媚び媚び、という感じで凄く良かったです、特に登場シーン(図4)。踊りのシーンのほとんどは、バンクの筈なんですけど(図5)、舞台が違う所為でしょうか、雰囲気が変わっています。真っ昼間の青天井で、子供達もいるところでやるよりも、妙に色っぽくなって見えるのは、演出の妙とでも言えばいいのでしょうか。ここでのコンチエッタは実に色っぽく、正しく(;´Д`) コンチエッタタン ハァハァでしょう(笑)。 しかし、相も変わらずペッピーノ一座の演目は、ろくな物ではありませんなぁ。ポスコの店での行われたそれは、実に酷い物でした(笑)。ヒロインであるルクレチアは、本当にろくでなしですね。ただ、これも舞台の所為でしょうか、ボカの貧民街の酒場で行われるには、ピッタリの演目ですね。ルクレチアが無茶苦茶な事をするたびに、観客がドッと沸くのが実に雰囲気が出てましたね。このシーンだけではなく、ペッピーノ一座の人形劇描写は、やはり深沢一夫が脚本をやっているのが、非常に良い物にしているのでしょう。チャンバラのシーンでシンバルの使い方なんか、非常にリアルで素晴らしかった。ポスコと山分けをするペッピーノですが、鍛冶屋へのお金をポスコに預け、何げにいい人を装ってますが、『実のところ、こんなに成功するとは私も…』と言ってますから、この夜の成功如何によっては、踏み倒していた可能性高し、と思っているのは果たして私だけでしょうか(笑)。 さて、今回最大の名シーンは、馬車の改造と争いましたが、『ペッピーノ一座 in ポスコの店』でしょう。(;´Д`) コンチエッタタン ハァハァは当然ですが、芝居の後に歌と踊りという、新宿コマ劇場特別公演的雰囲気も良かったし、店から客が溢れている感じも、熱狂的な雰囲気があって素晴らしかったです(図6)。 ところで、今回の話しを最後まで観て思いますが、全くと言って良い位陰のない話で、全編こうだったら、視聴率も下がらなかったのにと、素直に思いました(笑)。 |
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