| いやはや何と言いますか…今回は特に話しが無いですなぁ。マルコ達が旅立つ。バルボーサ牧場の若旦那と会い、訪れるように誘われる。ハッキリ言ってこれだけです。この内容で1回分作るのですから、凄い話しです。普通でしたら、バルボーサ牧場のエピソードの冒頭に使われるだけでしょう。 では、今回の見所を順に追ってみたいと思います。まずは冒頭に旅立ちのシーン。夜明けの描写が実に見事です。出発の日、時間より早く起きてしまったマルコとフィオリーナの会話から、このシーンは始まりますが、そこから日の出のシーンまで、カットが進むにつれ徐々に明るくなっていきます。鶏の鳴き声で演出される、ボカの港の明け方。馬車での旅立ち。ブエノスアイレスの街並み。街の外に抜ける並木道。街の外の草原。次々とシーンが変わり、そのカット毎に明るさを少しずつ明るくしていき、移動感と時間の経過感を表現していきます。 そして、最後に夜明けのシーン。どこまでも広いパンパに登る、感動の朝日。そして、BGMは、アルゼンチンの伝統音楽フォルクローレ(途中で変わってしまいますが)。音楽好きの高畑監督らしい描写と言えるでしょう。そして、パンパの広大さを表現するために、風景をパノラマで描いています。ペッピーノとマルコの視点で、一通り時間をかけて、じっくりと観客にパノラマの風景を見せていきます(図1)(図2)。そして、最後に草むらから鳥が飛び立ちます。明け方から日の出までの、独特の爽やかな雰囲気を、見事に表現した名シーンと言えるでしょう。ジュリエッタだけが、風景に興味が無く、眠そうにあくびをしているのもまた良い(鳥には興味を引かれていましたが)。でも、このパノラマ図、ペッピーノ視点の物と、マルコ視点の物、繋がらないんですよねぇ…そこまで望むのは酷でしょうか。 次の、子馬と馬車の競争のシーンですが、このシーンは相変わらずのペッピーノのお調子者の性格が楽しめる、ユーモアシーンでもあります。競争するまでは、他の者達も楽しんでいましたが、事がマルコに手綱を預け、馬にまで飛び乗るとなっては、一体このグループの最年長者は一体誰なのかと、小一時間問い詰めたくなるのは、私だけではないでしょう(藁。しかし、このシーンはそういう描写を楽しむためというよりも、この後の話しとスムースに繋げるためのシーンという意味合いの方が強いと思います。 この後、この回唯一の出来事っぽい出来事と言える、バルボーサ牧場の若旦那との出会いがありますが、それは子馬との競争で疲れて、動かなくなった馬がきっかけとなります。その為、早めの昼食にります。ただ昼食の時間だから止まったと言うよりも、こちらの展開の方が、シナリオの構成がよりスムースで自然と言えるでしょう。ところで、馬が止まる前の後ろから見た馬車のカットが、ほのぼのしてて良い雰囲気ですなぁ…(図3)その若旦那との出会いは少し後ですが、その前の薪を拾いに行くという口実で、パンパの草原で、ふたり仲良く遊ぶフィオリーナとマルコが、マターリしてて(・∀・)イイ。草原で思いっきり駆けめぐるマルコとフィオリーナ、う〜ん、若いって素晴らしいなぁ(爆)、と中年オヤジの私からすると羨ましくなりますなぁ、あんなに走ったら倒れてしまいます(涙)。2人の競争も良い感じです。マルコはムキになるタイプだから、前を走っているフィオリーナを追い抜こうとするのは当然ですが、フィオリーナの方もムキになって競争を始めるのが楽しい。このムキになったフィオリーナの表情は、あんまり見られませんね(図4)。実にほのぼのとした仲良しムードが漂い、ほのぼのジャンキー(なんじゃそりゃ)の私にとって、非常に好きなシーンです。また、先に笑い出して、競争をやめるのがやはりフィオリーナというのも、らしくて良いですね。 花を見たり、草原に寝ころんだり、鳥を見たりといった、マターリ雰囲気を打ち破る銃声。すわ、事件か!と、危機感溢れる展開かと思わせますが、なんの事は無い、バルボーサ牧場の若旦那との出会いでしかありません。一体、銃声と鳥の死体で表現された、この危機感の描写は一体何だったのでしょうか?未だ演出意図が、良く判りません。さて、ここでコンチエッタの女が疼いてしまう(爆)バルボーサ牧場の若旦那、サルバドール・バルボーサの登場です。カウボーイビバップのスパイクに似ているこの色男が(図5)、実に憎い。マルコとフィオリーナに気軽に声をかける彼ですが、妙齢の女性がいると判った時の、態度の豹変振りが凄いです。それを見て、マルコとフィオリーナが驚くくらいですからね(図6)。握手を求めるコンチエッタの手を取り、いきなりひざまずくんですよ。お前はホストかっつ〜の(笑)。しかも奴はハンサムで金持ち。前回のペッピーノ一座の演目でルクレチアが、女はお金と色男に弱いというのは公言しておりましたが、その身をもってそれを証明するコンチエッタに、男としては切なくなりますなぁ…(涙) ところで、サルバドールがペッピーノに薦めるマテ茶ですが、日本マテ茶協会(そんな物があるのか!)のホームページによると、正式名称はジェルバ・マテ。ジェルバはスペイン語のハーブ、マテは現地のグァラニー・インディアン語のひょうたんの事を指します。マテ茶には多くのビタミン等が含まれており、肉食中心の彼等にとっての必需品なのだそうです。サルバドールは、イタリア人のコーヒー嗜好と比較していましたが、完全な嗜好品であるコーヒーとは、意味合いが違いますね。アルゼンチン以外にも、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの南米諸国の間で、愛飲されている様です。マテ茶の飲み方には色々あるみたいですが、三千里ではマテ壷とボンビージャを使った飲み方を紹介しています。マテ壷の材料には、マテ(ひょうたん)の他に磁器、プラスチック、ガラス、金属、等があります。マテ以外で作られたマテ壷はすぐに使えますが、マテで作られたマテ壷は、木の味を取り除く、Curar el mateと呼ばれる作業が必要になります。それらのマテ壷に入ったマテ茶を、ボンビージャという金属のストローで飲みます。マテ茶は、同じストローで複数の人間が飲みますから、他人の口のついたボンビージャに口を付ける事になります。日本人には馴染まない飲み方かもしれませんね。現在では、普通のお茶と同様にティーポットを使った入れ方が、一般的になっているそうです。 サルバドールは、銀製のマテ壷(図7)を使っていましたから、さり気なく金持ちである事が演出されていましたね。上にも書きましたが、マテ茶は嗜好品というより、ビタミン補給の為の生活必需品です。ペッピーノ達もパンパを旅するのであれば、その地にあわせた食生活にならざるを得ません。となれば、当然ビタミン補給の為、マテ茶を飲むようになるのでしょう。今回苦そうな顔をしたペッピーノが、後で愛用のマテ壷でマテ茶を飲むような描写があれば、楽しかったかもしれないですね(笑)。アルゼンチンに入ってから、こういう南米文化を感じられるシーンが多いですね。高畑監督は、以前自身が欧州贔屓だった事を告白していますが、どうしてどうして、南米描写も素晴らしいです。さすがは勉強が趣味の高畑監督。私はラテン音楽が好きな事もあり、欧州よりも南米に親しみを感じていますから、この内容は非常に嬉しいです。サッカーも欧州よりも南米の方が好きです。本当は旅行とかに行けば良いんでしょうが、飛行機嫌いですのでちょっと無理かなぁ… さてさて、自分の心に戸惑うコンチエッタですが、バルボーサ牧場に行こうとするペッピーノに、マルコをダシ反対したり、チクリとペッピーノに皮肉を言ったり、街の火を見て、喜ぶマルコとフィオリーナや仕事に意欲を見せるペッピーノと対照的に、表情が晴れないコンチエッタですが、恋愛に対して奥手なところを見せてくれます。高畑作品で恋する乙女が登場する事は、余りありませんが、この男性に対して積極的になれない感じが、『おもひでぽろぽろ』おタエ子を彷彿とさせますね。でも、このサルバドールというキャラクター、惚れてしまったコンチエッタには悪いのですが、キャラクターとしては弱いなぁと感じます。第24話のコラムにも書きましたが、彼は三千里のキャラクターの中では『金持ちで良い人』のカテゴリーに入ると思います。礼儀正しいし、金持ちである事を鼻にかけるところもありません。後で登場する彼の父親は、息子に比べ無礼なところがありますが、キャラクターとしては生き生きとしています。どうもこういうキャラクターが魅力的にならないところが、欠点の少ない三千里の数少ない欠点と言えるかもしれませんね。 今回最大の名シーンですが、一般的には冒頭の日の出のシーンになるのでしょうが、(;´Д`) フィオリーナタン ハァハァの漏れとしましては、草原でマルコと遊ぶフィオリーナを挙げたいと思います。自閉症っぽかったフィオリーナが、こんなに明るくなったのはひとえにマルコのおかげ。マルコと一緒だと、彼女はこんなに輝くのですね。眩しいっす(笑)。 ふぅ、ようやく26話、半分まで来ました、でもまだ道は長い。今後とも皆様よろしくお願いします。 |
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