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第28話第30話

第29話『雪がふる』

 私が最近では買うCDと言えば、アニメのCDばっかりです。昔はむしろアニメの音楽など、ほとんど興味がありませんでした。その理由としては、やはり音楽的にレベルが低かったからです。ヤマトやハーロックの音楽は、非常にレベルも高く、愛聴しておりましたが、それ以外については、ファンアイテムとしての意味合いしかありませんでした。勿論全てを聴いた事があったわけではありませんので、中には素晴らしい物もあったのかもしれませんが、いくつか好きな作品のアルバムを買った結果、非常にがっかりして買うのを止めてしまったのです。特に、コミックのイメージアルバムと呼ばれる物は、良い物が無かったように記憶しています。但し、主題歌は良い物がありましたね。ですから、主題歌のベストアルバムなどは愛聴していました。

 それが変わったのは、友人の家で『サクラ大戦』のアルバムを聴いてからです。こんな素晴らしい音楽なのかと、正直驚きました。私が全く聴いていなかった間、この世界の音楽は、以前に比べ圧倒的な進化を遂げていた様です。昔から、極一部には突出した物がありましたが、全体的な底上げがあった事に驚きました。田中公平が以前アニメージュのインタビューで、お金をかけて優れた作品を作らなくてはならないと、常に訴えてきた、と言ってましたが、彼を初めとするこの業界の人達が、私が知らない間に努力してきた成果なのだと思います。

図1、突然の珍客に、驚くカルロス それをきっかけに、歌のアルバムやら、BGM集、時々はCDドラマ等も聴いていますが、コレクターアイテムとしてではなく、聴けるレベルにある作品は、今や本当に沢山あると思います。やはり好きな作曲家は、田中公平、管野よう子、好きな歌手では、影山ヒロノブ、遠藤正明、と捻りも何も無い選択になってしまいますが、これ以外にも愛聴しているアルバムは沢山あります。

 アニメのCD以外ほとんど買っていないと書きましたが、こうなった理由は2つあります。アニメの歌は、当然ながら日本語で歌われています。今まで聞いていた外国の音楽と違い、歌詞の内容を理解する事が出来ます。それに慣れると、歌詞の判らない歌に対して、物足りなさを感じるようになった事。もう1つは、ロック、ジャズ、J−POPなど、音楽には色々ジャンルがありますが、アニメの音楽というのも、1つのジャンルになっています。やはり私にとっては、このジャンルが一番居心地が良いという事なのでしょう。ようは、根っからのオタクで、自分のルーツに近い音楽を求めているという事になるのでしょうね(笑)。

図2、もっとも、この風体ならば無理もないですね(笑) 今はこんな私ですが、昔は外国の音楽ばかり聞いていました。中学、高校、大学と全て音楽のクラブに入っていた事もあり、世間一般よりは音楽を聴いていたと思います。持っているCDの枚数は、500枚くらい。普通の人よりは多いけれど、音楽マニアに比べれば少ない、といった枚数ですかね。高校の時は、フュージョンと今や絶滅した音楽を入門にしまして、大学の時はジャズ、大学在学中からR&B、ソウルミュージックなどのアメリカンブラックミュージックに惹かれ始め、そこから当時のワールドミュージックブームに乗っかって、南アフリカのジャイブ聴き始めます。その後は、ワールドミュージック路線ですね。アフリカ、カリブ、南米、アラブ、ヨーロッパ、CDも沢山発売され、『ミュージックマガジン』を立ち読みしながら、お金が入るたびに、新宿のバージンメガストアに通っていました。

 ヌスラット・ファテ・アリハーン、ジャコー・ド・バンドリン、フラーコ・ヒメネス、エリゼッチ・カルドーゾ、フィリップ・クーテフ・ブルガリア国立合唱団、マイティー・スパロウ、等など。子供の頃から民族調な味わいが、密かに好きだった私にとって、ワールドミュージックブームは福音だったと言えます。沢山の世界の素晴らしい音楽家の、素晴らしい音楽を楽しむ事が出来ました。その中でも特に好きだったのが、ラテンミュージックと呼ばれる、カリブ・中南米の音楽なのですが、南米の素晴らしい音楽家の一人が、パジャドールと呼ばれるガウチョスタイルの吟遊詩人の雰囲気を、大いに蓄えた音楽家、アルゼンチンの作詞・作曲家、ギタリスト、歌手のアタウアルパ・ユパンキです。

図3、ガリバルディ提督の服を着たフィオリーナが、妙に可愛いんだよなぁ…(笑) ユパンキの本名は、エクトル・ロベルト・チャベーロ。1908年1月30日、メスティーソ(ヨーロッパ系とインディオの混血)の父と、スペインのバスク系の母の間に、ブエノスアイレス州ペルガミーノ町に近い小さな町カンポ・デ・ラ・クルスで生まれました。アタウアルパ・ユパンキは、彼が青年時代、詩を発表するように時から使っている名前で、インカ皇帝の名から取り『遠くから来た物語る人』という意味です。父親はその町の駅を守る人で、フォルクローレの宝庫とも言われるサンティアーゴ州の出身です。そんな父は、ユパンキに、早くから首都ブエノスアイレスに先生(バウティスタ・アルミロン)を見つけ、ギターを習わせます。

 子供の頃のユパンキは、父や叔父やその友人が、日常の中で歌っている民謡に興味を持つようになります。そして、ユパンキの家には、近所の百姓達が集い、ギターを弾いて歌っていたそうなのですが、クラシックギターのテクニックを使って、エスティーロ、ミロンガ、ビダーラなどの民謡を演奏するようになりました。

 ユパンキが9歳の時、恐らく父親の希望だったのでしょう、サンティアーゴ州の隣のツクマン州の鉄道に勤めるようになり、一家で移住する事になります。その後父親が早逝したため、ユパンキは16歳の頃から独力で生きていかなければならなくなります。サトウキビ農場や牧場の牛追いなどの肉体労働をこなしながら、読書や詩作に励んでいました。そんな放浪の旅の中、アンデス山脈のインディオの音楽、チリの国境近くのクージョ地方の歌、沢山のアルゼンチンの民衆の音楽を、自分の血肉にしていったのです。

図4、火の暖かさ、スープの温もり…ジュリエッタの表情が良いですね そして、田舎の百姓や牧童達のお祭りの場、結婚式、洗礼の儀式、パーティーとかで、田舎風のバイオリン、バンドネオンなどと一緒に、ギターを演奏していました。ツクマンのとある新聞の『ユパンキの芸術は、ユパンキ個人の物なのか、それとも民衆の伝統的な物なのか、どちらだか判らない』という批評を、最高の褒め言葉と感じるユパンキは、アルゼンチンの大衆の伝統的な物を非常に大切にする、パジャドールという呼び名に相応しい、音楽家と言えるでしょう。

 ユパンキ曰く、アルゼンチンの民謡は一般的に言えば、クリオージョ(アメリカ大陸に住み着き土着したスペイン系の人達、及び文化)の音楽であり、インディオの音楽ではないそうです。スペインからの影響の強い6/8拍子の音楽は、スペイン人の子孫であるガウチョが好み、但しそれもスペイン音楽そのままではなく、アルゼンチンの風土の中で、リズムもゆったりとしていったと言います。

 共産主義者とも呼ばれ、1950年にフランスに亡命していますが、本人は政治的な主義よりも、常に自由を尊く思い、他人に支配されない個人主義者であると語っています。金持ちになるより、自由でありたいと思う彼は、晩年はフランスのアパートに住み、ヨーロッパ各国でリサイタルを催すなどの創作活動を行い、年2回ほど故郷のアルゼンチンに帰る生活を送っていましたが、1992年5月23日、旅行中の南フランスのホテルにて亡くなられました。

図5、マテ茶をすするカルロス さて、この全身にアルゼンチンの伝統音楽を蓄えたアタウアルパ・ユパンキが、今回登場する、三千里屈指の名キャラクター、ガウチョのカルロスのモデル、少なくとも彼の奏でる音楽のモデルであると考える、ユパンキを知る三千里ファンなら、決して少なくないでしょう。(と、大風呂敷広げておいて、全然違ったらどうしよう…)

 今回と次回に渡って、実に渋い男っ振りを魅せてくれるカルロスですが、初めの登場は、ペッピーノ一座の音楽や風体に驚いて、非常にユーモラスで可愛い表情です(図1)。まぁ、人もろくに来ないような、あんな小屋に1人で住んでいて、しかも雪の晩に、あんな客が現れれば(図2,3)、『天から降りてきた』と思うのも無理からぬところでしょう。但し、そんなカルロスもこれだけで、その後はひたすら渋くて格好いいのです。ちなみに、声はアルムおんじの宮内幸平。実に渋い声を聴かせてくれます。でもこの人、『ドラゴンボール』の亀仙人もやっていますけど…(笑)

 まずは、カルロスの住む小屋が良いです。マルコ達を暖める、火とスープの温かさが胸に染みます(図4)。その後ろで、1人マテ茶を伝統的な飲み方で飲むカルロスが渋いです。小屋の様子から、当然バルボーサ牧場の若旦那、サルバドールのような金持ちではありませんから、恐らくマテ(ひょうたん)で作られたマテ壷で飲んでいるのでしょう(図5)。

図6、ジュリエッタの手の動き、右から左へ しかし、今回は何と言っても、ギターを演奏するカルロスでしょう。このシーンは、名シーンの宝庫とも言うべき三千里の中でも、屈指の名シーンでしょう。高畑監督の音楽好きは、当ホームページでも書いてきましたが、非常に有名な話しです。そんな彼の嗜好が存分に現われているシーンなのです。一言で言うと、ギター演奏へのこだわりになるでしょうか。そのこだわりをまず感じさせてくれるのは、カルロスのギターを見つけたジュリエッタが、ギターの弦をなでるシーンでしょう(図6)。

 ここでジュリエッタは、右から左に手を動かしています。詳しい説明は省きますが、ギターの高音域である1弦から、低音域の6弦に向かってなでている事になります。それにあわせて流れる音も、キチンと高音から低音への音になっているのです。ギターを普通に持ちますと、上が低音の6弦、下が高音の1弦になります。ですから録音する時にあまり気にせず普通にギターを持ったまま音を出すと、普通は重力に従って手を動かしますから、映像と逆の音になってしまいます。それがなっていないという事は、わざわざ指示したであろう事が伺えます。

 しかし、この後のカルロスのギター演奏シーンを見れば、これくらいのこだわりは、まだまだ序の口であるという事が判るでしょう(図7,8,9)。はじめ、田舎者の音楽なんて聴けるかと、馬の世話に行ったペッピーノが、馬小屋で思わず唸ってしまう、カルロスの音楽の凄さを演出する、シーンの展開させ方も上手いと思いますが、やはり演奏シーンの凄さが圧倒的です。言うべき感想は1つだけ、ギターの音と、画面上の運指があっている。これだけです。しかしこれが凄いのです。脚本の深沢一夫もインタビューで、このシーンの驚きを語っていましたが、こんな事をやる奴が一体どこにいるのでしょう。

図7、プロの芸人である彼女らですら驚く、カルロスの腕前 さすがにスケジュールが厳しいTVという事もあって、完璧には合わせられてはいません。高畑監督は、この後『セロ弾きのゴーシュ』で、この路線を更に徹底的に追求します。原画を描いた才田俊次は、この作品の演奏シーンの為に自らチェロの勉強もしたそうです。高畑監督はこの作品の後に、自身で色々な『セロ弾きのゴーシュ』の絵本等を調べたそうですが、チェロの描写は我々が一番正確だったと、自分達の仕事を自賛しておりました(笑)。後、楽器演奏シーンで思い出すのが、近藤喜文監督の『耳をすませば』でして、宮崎駿が演出を担当したの演奏シーン位でしょう。これは良いシーンでした。

 しかし、これらの作品はスケジュールが十分取れる劇場作品です。こんな事を、完璧な運指で無いとは言え、TVでやるのは正気の沙汰とは思えません。またまた悪い比較で、ファンの方には申し訳ありませんが、『カウボーイビバップ』の渡辺信一郎監督は、かなりの音楽好きと聞いていて、管野よう子を迎えての音楽は、音楽単体としても劇伴音楽としても非常に優れた物で、私も好きです。しかし、第6話『悪魔を憐れむ歌 』(絵コンテ:岡村 天斎、演出:佐藤育郎)でブルースハープを吹く少年の描写がありますが、スピーカーから流れる音と、ブルースハープを操る少年の手の動きは、決してシンクロしているとは言えません。細かい指の動きなど無いブルースハープの演奏シーンの作画は、ギターに比べれば遥かに簡単なのにです。

図8、見よ!このリアルな運指!!! 勿論、運指が正確な事は、あくまで技術的に優れているという事に過ぎませんが、当然このシーンは、ガウチョのカルロスの音楽の素晴らしさを演出をする為の技術です。高畑作品に良く見られる、コンチエッタの蛇足とも言うべき台詞が鬱陶しいくらい、ユパンキが得意とする6/8拍子と同じ音楽が、観客の胸を強く打ちます。音楽好きにはたまらない、名シーン中の名シーンと言えるでしょう。他のシーンについては、今回は無しです。このシーン以外語るべき事はありません。ですから、定例の今回最大の名シーンについても無しです。必要無いですから(笑)。

 ところで、ユパンキのCDですが、アマゾンを調べた限り、国内版は手に入る物が非常に凄く少ないです。以下の2種類ですね。

・『ゴールドパックBEST アタウルパ・ユパンキ』BMGファンハウス
・『人類への遺産』東芝EMI

図9、恍惚の表情で、名演奏を披露するカルロス、いかしすぎます!!! 内容については文句無いでしょう。ユパンキの初期(1930年代)の録音を収めた前者と、8枚+特別盤に収められた、これぞコンプリートと呼べる内容といえる後者です。しかし、いくら内容が素晴らしいとは言え、ちょっとマニアック過ぎますねぇ…前者は年代的に音質が期待出来ませんし、後者は余程のマニアで無いとちょっと手を出す気になれません。もう少しお手ごろなアルバムがあると良いんですけどねぇ…ところで、私は両方とも持っていません(笑)。10年以上前に発売された、ベスト盤があるだけです。『人類への遺産』は、お金がある時買いたいなぁ…

 CDで思い出しましたが、1992年に発売された三千里のサントラ。実はこの回でのカルロスのギターが入っていません。( ゚Д゚)ゴルァ!!一体何を考えていやがるんだ!!!謝罪汁反省汁賠償汁(藁

©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976

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