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第34話第36話

第35話『おかあさんのなつかしい文字』

 作劇には色々なスタイルがありますが、その中でも謎解きが命と呼べる物が、ミステリーと呼ばれるジャンルでしょう。作り手は、謎を考え、手がかりを作中の中に示し、読者はそれを手掛かりに、謎解きに挑み、そして最後に劇的な種明かしがある。非常にエンターテイメント性の高いスタイルでして、昔から非常に高い人気があります。その為、需要に供給が追いつかず、とにかく発売してしまえと言わんばかりに、謎はあるけれど手掛かりは示さないという、反則な作品もまま見受けられますが(笑)。

 しかし、この手の反則的な作品も、高い評価は受け無いながらも、それなりに売れ人気を博している物もあります。つまり受け手は、見事な謎解きが楽しいのではなくて、提示された謎をあれこれ考えるのが、楽しいのではないでしょうか。つまり、謎が謎のままでいる間は、受け手は強く作品に心を惹かれる訳です。それだけに、謎を示すこの作劇手法は、人気を獲得する方法として、非常に強力な物だと言えます。

 さて、この強力な手法ですが、高畑作品でこれが見られる事は、あまりありません。謎を作れないと言うより、謎にする事を拒否している感すらあります。例えば『赤毛のアン』で、インチキな髪染めを売りに来る行商人の所為で、アンが髪の毛を切らざるを得なくなるエピソードがありますが、このエピソード、せっかく原作で謎仕立てに作られているのにも関わらず、高畑監督はその謎を初めからあかしてしまう構成に、わざわざ変更しています。

 原作では、マリラが家に帰ってくると、アンがいなくて不思議がりますが、しばらくしてから、実はアンは家にいた事が判ります。そして、その理由を聞くと、昼間来た行商人から買った、インチキな髪染めで髪の毛が無茶苦茶な色になってしまい、それを嘆いていた事が判ります。このストーリー展開では、家に帰ってもアンがいない、いつまでたっても帰ってこない事が謎となり、読者は今後の展開に胸躍らせる事が出来ます。

 しかしアニメでは違います。まず冒頭で件の行商人が現れ、アンは髪染めを買います。そして早速髪を染めますが、原作通りに凄い色になってしまいます。勿論、その様子もしっかりとに画面に、この時に登場します。アンが悲鳴を上げて、そのままマリラのシーンにカットが変わってしまえば、謎を作ったと言えますが、そうではありません。数カット使って、アンの惨状を示しています。それから、マリラが帰ってくるシーンになるのです。つまり、素直に時間軸に沿って、ストーリーが流れていきます。これでは謎もへったくれもありません。

 こういった、ドラマチックな作劇のテクニックを、あえて使わない傾向がある高畑監督ですが、それが最も強く出ているのが、TVでは『赤毛のアン』映画では『おもひでぽろぽろ』でしょう。もう、ひたすら描写!描写!描写っ!!です。高畑監督が好むこの謎を残さない手法は、観客が謎を追うのに心を奪われ無いようにする為でしょう。そして、観客はキャラクターの心理描写などを存分に楽しめるのです。しかし、こういうところが、高畑作品の敷居を若干高くしている理由であるんですけどね。愛好家にとってはたまらない魅力ですけど。

 ですから、今回は普通の作り方をしていれば、マルセル・エステロンがフランチェスコ・メレリである事を、隠すような作りにするのが一般的な作り方でしょう。しかし、観れば判る通り、バレバレです。感が良い人でしたら、前回で気付いてしまうでしょう。勿論、作り手の方でバレるための仕掛けをふんだんに入れています。謎を楽しむのでなければ、この回の作り手の狙いは何なのでしょうか?ここでは、エステロン=メレリを早々に判らせてしまい、メレリの心を丹念に描写していき、そこを観客に楽しんでもらおうという意図でしすし、ここが今回の見所です。

図1、レモンを切る親父の仕草が良い! ですから当然ながら、この回の主役はフランチェスコ・メレリです。たっぷりとその駄目人間振りと、僅かに残った良心と、それでもやっぱり小心者である彼が、存分に描かれています。まずは冒頭の惨めっ振りが凄い。駅員に放り出され、それでいて愛想笑いをしていたり、子供のマルコにつきまとう姿も、恐ろしく惨め。正しく人生の敗北者。日本も不況が長く続きこういう中高年男性は、決して珍しくないでしょう。私もこうならないように、気を付けたい物ですね。

 マルコを連れての酒場でのやりとりも、駄目男メレリがリアルに描かれています。本当にいかにもな、ロクデナシと酒場の親父の会話が良い味出してますなぁ。また、レモネードの注文に、信じられないような表情をする親父と、決して守られそうもない、メレリの禁酒の誓いも雰囲気が出ています。酒場の親父の剣幕に、一瞬何事かと驚くマルコも雰囲気を醸し出します。

 ところで、このシーンでのレモネードを作る親父の演技が良いですね(図1)。仕事の描写は、ジェノバではふんだんにありましたけれど、ここしばらくは、ずっと旅をしていたので、仕事の描写が少なかったです。ペッピーノ達の人形劇も、仕事と言えば仕事ですが、そういう物ではなくて、ちょっと意味合いが違うと思いますので。高畑監督の仕事描写は、大変好きなので、僅かながらもこういう描写が入っているのは嬉しい物です。グラスのデザインもなかなかの物です。

図2、レモネードの熱さに、この情けなさ さて、マルコが自分の名前を教えてから、メレリが魅せてくれます。名前を聞き、明らかにそわそわしだすメレリ。わざとらしくレモネードの催促するメレリ。自分の名前をマルコの口から聞いて、思わず熱いレモネードでやけどしそうになるメレリ(図2)。マルコの失望に複雑な表情を見せながらも、いたたまれなくなり、逃げ出そうとするメレリ。しかし結局は逃げ出せず、帰る帰ると良いながら、ドアとマルコの間を何回も往復してしまうメレリ。マルコがたった1人で来た事や、ボカの街の人達の話しを聞いて、心が揺れるメレリ。それらが全て演技で示されます。マルコの一言一言が、メレリの心に響いているのが、観客に伝わります。

 マルコに本当の事を一部伝える決心をした後も、かろうじて残っている良心と、やはり小心者の駄目男であるメレリ節を見せてくれます。”マルセル・エステロン”が”フランチェスコ・メレリ”について語りますが、説明というスタイルをとってますが、実際は自分の気持ちの独白ですよね。『その男は死んだよ』という台詞には、自分はもう半分死んだも同然だという、自虐的な意味が込められていますし、『気は小さいが気さくな男だった』という台詞には、駄目な自分を少しでも慰めたいという気持ちが溢れています。そし、メレリが死んだとれ聞かされ、絶望するマルコを見て、小心者なメレリも決断します。このシーンでは、その間の取り方やメレリの表情で、全て判りますね。

図3、暗い室内で手紙を燃やすメレリ、雰囲気が出てます このシーンでのこれらの演技で観客に伝わる物は、メレリの気持ちだけではなく、エステロン=メレリでもありますが、それの決定版がメレリの台詞、『あんたが探しているフランチェスコ・メレリと同じ人物かもしれん人間を』ですね。語るに落ちたとは、まさにこの事です。マルコはメレリの名は口にしてますが、フランチェスコとは言ってません。しかも『その男はジュゼッペと名乗っていたが』なんて言ってますから、エステロンがジュゼッペと名乗っていた男の本名が、フランチェスコである事を知っている理由がありません。子供のマルコは気付きませんが、観客にはバレバレであります。上でも書きましたが、こうやって観客にばらして謎にせず、メレリの心の動きの方に集中してもらう作りになっているのでしょう。

 メレリの描写はまだあります。アンナの手紙を燃やすメレリも、また名シーンですね。まず何が凄いかというと、メレリの住む小屋に窓がないのが凄い。前回登場した、ドメニコの小屋も非常に粗末でしたが、窓くらいはありました。私は東京に住んでいますが、御存知通り東京の家賃は高いです。バブル崩壊で土地の値段は下がってはいるのですが、賃貸はそれ程でもありません。うんと狭いアパートですら、3万円はします。しかしそんな東京でも、家賃1万円のアパートが無い訳ではありません。見た事はありませんが、そう言うアパートがあり話しは聞いた事があります。但し、その部屋には窓がありません。そう、部屋に窓が無いというのは、そういう事なのです。この窓のないメレリの部屋は、彼の貧しさと人目を避けた生活をしている事を、表しているのでしょう。

図4、泣きながらマルコと幸せを分かち合うフィオリーナ、マルコが倒れんばかりに抱きつきます 罪悪感から手紙を残していますが、隠すように残しているのが、彼の自分の罪に対する逃避が感じられます。恐らくは、捨てるに捨てきれなかったのでしょうが、いざとなったら、マルコに渡す一通を残して、証拠隠滅の為燃やしてしまう。しかし、その証拠隠滅の最中にメレリが見せる表情は、何とも言えない罪悪感を感じた表情です(図3)。でも、マルコが訪ねてくると、燃えかすとなった手紙を、踏みつけ証拠隠滅を完全な物にしてしまいますそんな彼の行動と演技から、人間の多面性が見えて来ます。また、最後の手紙に書かれていた、アンナのメレリへの感謝の気持ちを聞き、ペッピーノの後ろで胸を痛める姿にも、メレリの人間らしさを見る事が出来ます。

 人間らしさといえば、宿での夢をふくらませるペッピーノが、良かったですね。素直な欲望も面白いですし、コンチエッタやフィオリーナに突っ込まれたり、マルコには調子の良い事を言うのも良いです。でも一番良かったのは、マルコがイタリアに帰る話しをした時の、露骨に顔が曇るところですね。このシーンも、ペッピーノが何を思っているのかが、凄く良く観客に伝わってくる、名シーンの1つと言えるでしょう。

 さて、アンナの居所も判り、すっかりご機嫌になってしまったマルコは、フィオリーナのところに駆けつけます。そして抱き合って、喜びを分かち合うマルコとフィオリーナですが、まぁいつものパターンのマルコが絶望して、フィオリーナに八つ当たりして、物事が上手く運ぶとフィオリーナのところに駆けつける。そしてフィオリーナは、そんなマルコの八つ当たりなど無かったかのように振る舞います(図4)。

図5、行き先の案内板が… 第12話とまったく同じパターンで、全くもってマルコは酷い奴ですなぁ(笑)。三千里ファンの多くは、将来マルコとフィオリーナが結ばれる事を夢見ますし、私もその中の1人ではありますが、こんな激しいというか自分に都合の良い男が相手では、間違いなくフィオリーナは苦労させられるだろうと、容易に想像が出来ますね(笑)。もしかすると、ピエトロも同じなのかもしれませんなぁ…

 さて、今回最大の名シーンですが、酒場でのマルコとメレリのやり取りですね。メレリの心情が見事に描かれていた、素晴らしいシーンと言えるでしょう。

 ところであら探しを1つ。駅のシーンでブエノスアイレス行きの札がありますが、カットによって違います(図5)。スケジュールの厳しさを感じる事が出来ますね(笑)。

©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976

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