今回の主役は、アンドレア・ドリア号のアレクサンドル・ジョバンニ船長ですね。オヤジアニメ三千里らしい、素晴らしいオヤジっぷりを見せてくれます。そのオヤジっぷりを良く見せてくれるパートナー、マリオもなかなかの味わいを見せてくれます。どつき漫才が楽しいですね。三千里のキャラクターは、全般的にそうとも言えるのですが、今回と次回の冒頭のちょっとしか出演しないにも関わらず、観客の印象に強い印象を残す事からも、魅力あるキャラクターである事が証明されていると言えるでしょう。冒頭、二日酔い船長大暴れ、といった内容で始まります。マリオを殴ったり、パンチが空振りしたり、川に落っこちたりと、大忙しの船長でこの騒がしさが、いかにも肉体労働のオヤジしていて良いですし、すっとぼけたマリオの応対も良いです。ただ、もっと良いのは二人の体形でして、船長はともかくマリオも結構プックリとした体形で、おっさんらしさを醸し出しているのは、良い味出していると言えるでしょう(図1)。 マリオが舳先に登っている間の、洗濯女を見つけた時の二人の態度も面白く、冷戦状態にあるのもなんのその、二人して鼻の下を伸ばしまくっているのが実に楽しい。このシーンでは、マリオの軽口も実に楽しいのですが、洗濯女がいると分かってためらいも無く舵をきり、露骨に眉毛を動かして、好色そうな表情を見せる船長の方が、更に楽しいですね(図2)。実にいやらしい、スケベオヤジそのもの表情が、ナイスです。 ただこのシーン、オヤジ二人は実に良い味わいを見せてくれるのですが、洗濯女のほうが今ひとつと言わざるを得ません。何故かと言いますと、彼女達は止め絵なんです。完全に止まっている訳ではなく、足元の水は若干動いていますが、それ以外はまったく動きません。ですから、人間の女と言うより、女が描いてある立て看板に見えてしまうんですよ。レイアウトなどは結構雰囲気があり、良い味を出している分(図3)、動画で表現できていないのが非常に残念ですね。TVアニメの辛さですねぇ。このように、オヤジの魅力輝く船長ですが、この回で描かれる船長の一番の特徴と言えば、同郷の者への思い入れでしょう。ファドバーニから言われたのであれば、マリオが断れる筈も無いのに、ただの客が乗っている事に、文句たらたらだったのが、同じジェノバの同郷の者だと分かると、手の平を返したような態度の変貌ぶりが実に楽しい。しかし、冷静に考えてみると、良い人として描かれている船長ですが、同郷か否かでこんだけ態度が変わってしまうのを見ると、良い人どころかひどく狭量な人のような気もしますけどね(笑)。もし、マルコが同郷と知らなければ、船旅の間どういう態度で接したのであろうかを想像すると、いやなオヤジかも。まぁ、そんな事は無く、マルコの健気さにほだされるでしょうね。 さて、この船旅ですが、ブエノスアイレスからロサリオまで、どれくらいの日数がかかっているのでしょうか?三千里らしい、労働の描写がありますが、このシーンは第37話の列車の旅のシーンと同様の、時間の経過を示す意図がある物ですから、それなりの日数がかかっていると思われます。ここでの労働の描写ですが、短いながらもしっかり描かれていて、甲板掃除をするマルコや(図4)、ロープを引くマリオが、非常にさわやかな印象を醸し出していまして、非常に気持ち良いシーンですね。特にマルコのシーンは、働くのが当然と言わんばかりの勤労意欲満点のマルコの性格を、的確に補填してまして、マルコの魅力をキッチリと支えるシーンになっていると言えるでしょう。船旅のシーンとしても楽しく、海と見間違わんばかりのラプラタ川の上流の開放感などは(図5)、非常に気持ち良いですね。楽しさだけではなく、夜の舵取りの当番が、二人で分担している事から、常に誰かが起きていて、舵取りをしなくてはいけない事が、キチンと描写されていて、不寝番が必要な厳しい労働であることが分かり、こういう事がキッチリ示されているところが、実に三千里らしいと言えるでしょう。 怒りん坊の船長ですが、サンニコラスに寄らない事が決まった時の、マリオも楽しいですね。イサベリータ、イサベリータと、うるさい事この上ない(笑)。もの凄い分かりやすい女好きです。前回でも、コンチエッタが一緒に戻ってきていないのを残念がるなど、性格がキッチリと示されてい、統一感があります。ところで、ここでのシーンで船長は、イサベリータの事を『あんな、おっぺしゃん』と言ってますが、”おっぺしゃん”とは熊本弁でブスの事を示しますが、何故ジェノバっ子の船長が熊本弁なのかは、非常に不思議な点でもあります(笑)。ちなみに、サンニコラスという街ですが、ここはまだブエノスアイレス州です。コルドバもそうなのですが、同名の街がスペインにもあります。ここら辺が、スペイン人が昔からこの地に入植していた事を伺えますね。ただ、先住民族がいる大陸に入植して、自分達の国の街の名前をつける行為は、ちょっとどんなものなんだろうかと、気にはなります。まぁ、祖国を遠く離れた、初期の入植者の気持ちも少しは理解できるんですけどね。 さて、イサベリータに会えない悲しさを紛らわす為に酒盛りをする三人ですが、マルコが見せてくれる表情が、前回のシスターに甘えていたのとは違うのが良いです。素直にシスターに甘えていた前回とは違い、いくら水で薄めてあるとはいえ、子供のマルコが葡萄酒2杯も一気飲み(図6)。男の子らしい強がりを見せてくれるのが良いですね。男所帯の楽しさが溢れてます。しかもマルコは、この直後踊ってますので、危険きわまり無いと言えるでしょう(笑)。 酒豪である事が男らしさと思われている国は、沢山あるんでしょうね。私の勤めている会社は、中国人が多く、10数人の中国人と知り合うことが出来ましが、その中の一人が、乾杯が好きな人がいまして、忘年会などの会社の宴会では、いつもこの人と乾杯をしていました。その人が言う乾杯というのは、お互いの杯に毒が盛られていない事を証明する為に、杯をぶつけた後、すべて飲み干すのが中国流の乾杯でして、”杯を乾かす”というその名の通りの乾杯です。その人は酔っ払うと、いつも私を捕まえて、何回も乾杯を繰り返すという、なかなか性質の悪い奴でして(笑)、飲み会の時はいつもしこたま酒を飲まされる羽目に陥ってました。いつか『ええ加減にせぇよ(笑)』と言ったら、『何を言ってる、モンゴル族の乾杯はこんな物じゃないよ』と、言い返されました。モンゴル族の乾杯は、杯がどんぶり位の大きさがあり、乾杯の後杯をひっくり返し、もし一滴でも酒がこぼれたら、もう一回飲まなければならないそうです。だからどうした、と思いますが(笑)、多民族国家の中国らしい話ですね。ちなみにその人は漢民族で、生まれはウィグル自治区でした。私は元々がおしゃべりな男でして、当然彼ら中国人とも良く話をしました。話題はほとんどが歴史問題。当然、右翼の私とは歴史認識が合うはずもありません(笑)。でも、喧嘩になったりとか、険悪になったりはしませんでしたねぇ。ほとんどの中国人は、民間の交流が大切と言っていましたが、やはりお互い本音を言わなくてはと、彼らとの交流で実感しましたね。 さて、またまた脱線してしまいましたが、今回最大の名シーンを。ロサリオが近くなって、不安に駆られるマルコを励ます、船長のシーンを選びたいと思います。励ましが良いシーンというより、三千里らしいちょっとした教養話が味わえるのがその理由です。コロンブスが地動説を唱えたという珍論を披露する船長に対し、ガリレオ・ガリレイの生年月日まで説明する、案外優等生なマルコも良いですが、一番良かったのは、コロンブスの時代の船乗りは、既に地球が丸いという事を感覚的に知っていた話しですね。実は私、これは三千里で初めて知りました(笑)。いや〜勉強になりました〜、という意味で名シーン認定したいと思います(笑)。ところで今回の音楽で、挿入歌『かあさんの子守唄』の歌詞違いをマリオが歌いますが、途中でオリジナルに変わっていきます。歌詞はマリオ版では『おいらはどうして』でオリジナルは『あの子はどこに』ですが、”ど”の部分でオリジナルに変わっていくので、非常に自然に切り替わっています。恐らく、これも計算して行っているのでしょう。やはり高畑監督の音楽のこだわりは、本当に凄いと言えますね。 |
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