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第48話『ロバよ死なないで』

 『僕が無理に歩かせたからなんだ、バアサマごめんようヽ(`Д´)ノウワアアン』と泣くマルコに『その通りだ(゚Д゚)ゴルァ!』と突っ込みを入れたくなる今回ですが、ストーリーが無い回が珍しくない三千里でも、この回くらいストーリーが無いのも珍しいでしょう。先を急ぐマルコの無理がたたって老ロバが死んでしまう、ただこれだけなのですから。これだけのストーリーで、一回分作ってしまうのですから、凄いというか呆れるというか。こういった内容なので、見所となるのは、少しずつ死に近づいていくロバの描写以外無いと言えるでしょう。しかしこれが実に力があります。

図1、マルコの全財産、1ペソ札1枚が悲しい… 高畑監督の死の描写と言えば、『赤毛のアン』のマシュウの死と『火垂るの墓』の節子の死がすぐに頭に浮かびますが、共に非常に見事です。勿論、今回のバアサマの死の描写も素晴らしい物がありますね。少しずつ衰えていくバアサマ、その度に忍び寄ってくる死の影。順に追っていきたいと思います。

 まずは冒頭。天気も良く小春日和の中、バアサマは軽快に足を運びます。BGMのフォルクローレも哀愁を感じさせながらものどかな雰囲気を醸しだし、アメデオはビビってましたが、空高く飛びコンドルの姿と鳴き声も、更にムードを作っていました。ここでのバアサマには、全く死の影は見えず、順調な旅が続くように見えます。そして、ここでマルコは悲劇の扉を開けてしまうきっかけと遭遇します。マルコは、すれ違う馬車の男に、『次の宿場までは、まだありますか』と聞きます。男はもうじきだと答え、そしてこれが致命傷なのですが、更には『この陽気だ、今からならその先の宿場まで足を伸ばせるんじゃないのかな』と答えてしまいます。実際は宿場の主人が言う通り、馬でも一日かかる距離なのに、何故このような事を言ったのかは、よく判りません。しかし、アンナへの思いはやるマルコの気持ちと、1ペソと小銭しか無い全財産と(図1)、一泊2ペソの宿賃と、馬車の男の台詞により、マルコは宿の主人の制止を無視して、次の宿場を目指してしまいます。しかし、これがバアサマを死に追いやる選択であった事は、間違いないでしょう。

図2、深い赤の美しい夕焼け 日が暮れる前にと、次の宿場を急ぐマルコです。いつまでも山が近づいて来ない事からも、バアサマに十分な急速を取らしていたとは、まず考えられません。ここで第一の兆候。バアサマはいきなり足を止めてしまい、マルコを振り落としマルコのパンを食べてしまいます。パンを食べて少し満足したかに思えたバアサマですが、日が暮れる頃にはまた足を止めてしまい、草を食べ始めてしまいます。ここら辺から、バアサマはマルコの言う事を素直に聞かなくなってしまい、やや怪しげな雰囲気が漂い始めます。ちなみに、ここでの夕焼けのシーンは、凄く綺麗ですね(図2)。

 バアサマが言う事を聞かないので、マルコはとうとう野宿の決心をします。ツクマンへの道ですから、当然内陸部。ですから、例え昼は暖かいとしても夜は冷え込むのは当然でしょう。木の下での野宿ですから、風を遮る物もなく、火の番をしてくれる他人もいませんから、マルコの体は冷え込みます。当然、バアサマにも負担のかかる野宿だったのでしょう。朝を迎えて、火を消し、さぁ出発という時に、バアサマがいきなり倒れてしまいます。今までのバアサマの行動は、疲れたロバのわがまま位とも言える程度の物でしたが、ここで明らかな異変が描写されます。

図3、バアサマの首の角度と表情に注目 高畑監督作品における死の描写は『赤毛のアン』と『火垂るの墓』で見られる事は、前に書きましたが、この2作品においてもマシュウと節子は、いきなり死ぬような事はありません。死に至るまでの前振りがたっぷりと示されます。マシュウの場合は、心臓を悪くしている描写が度々描かれ、ある意味、死をテーマにしているとも言える『火垂るの墓』では、節子の死までの描写は、更に細かく描かれています。観客から見れば、今回のサブタイトルは『ロバよ死なないで』ですから、バアサマが倒れる描写で、このロバが死ぬ事が間違いない事を知るのです。

 観客に事前に知らせるという意味では、『赤毛のアン』と『火垂るの墓』も同様で、『赤毛のアン』でのサブタイトルは『死と呼ばれる刈入れ人』ですし、『火垂るの墓』では、主人公の清太が冒頭で『僕は死んだ』と言います。冒頭で、マシュウも節子も死んでしまう事が、観客には判ってしまうのです。それは、今回のバアサマでも同じです。この次のシーンでバアサマが死の影を見せるのは、好天気の中をマルコを乗せて歩くバアサマです。冒頭とは違い、首を落としさえない表情を見せるバアサマは、わずか一日ですっかり生気を無くしてしまったのが、観客に示されます(図3)。そして、最後の死の影は、マルコが食料を分けてもらう男が示します。男は、あまりにも年老いたバアサマに驚き、バアサマの歯を見て『やっぱりもう20年は生きてるな』と言いますが、ここで示されるバアサマの歯は、非常にくたびれているのが判ります(図4)。そして、マルコが去った後に『ツクマンまでなら何とかもつだろうさ』と、もうほとんど死期が来ている事が示されるのです。

 そして、いよいよバアサマが死を迎えます。突然足を止め、息も絶え絶えにバアサマは倒れ、そのまま起きあがる事もなく死んでしまいます。ここでリアルだなぁと感じるのは、倒れてからバアサマが死んでしまうまでの時間の長さです。例えば、時代劇や西部劇では斬られたり撃たれたりすると、ほとんどの場合あっという間に死んでしまいます。しかし、実際はそんな事は無く、心臓を突き刺されたりとか、頭を撃ち抜かれ訳でも無ければ、その人が致命傷を負っていたとしても、死に至るまではそれなりに時間がかかります。

図4、くたびれきったバアサマの歯 最近のマンガなどではここら辺をリアルに描く為に、致命傷ではあるが即死する攻撃を受けていない場合は、即死しないで苦しみながら死んでしまう描写をする物がありますね。相原コージの『ムジナ』とか、小山ゆうの『あずみ』とかがそうです。こういう暴力物以外でも谷口ジローの『犬を飼う』などが生き物が死に至るまでの過程を、リアルに描いています。

 バアサマが倒れたのは影の長さを見る限りでは、夕方に近い時間で、死んでしまうのは夜です。この決して短くない時間、バアサマは死まで時間を過ごしているのです。実にリアルな描き方ですね。リアルと言えば、バアサマの表情は大抵リアルかつ、表情豊かに描かれていますが、倒れて苦しむバアサマの表情が、本当にリアルです。特に、もの悲しげな目の表情が、観客の胸を打ちますね。

 そして、バアサマのささやかな弔いをマルコは行いますが、マルコは土に埋めようと、バアサマに土をかけますが、当然バアサマの大きな体を全て埋め尽くす程の土を、マルコがかけられるはずもありません。近くの花を摘んでバアサマの遺体に供え、弔いを済ませてしまいます。当コラムの第30話『老ガウチョカルロス』で、高畑監督の『フランダースの犬』への批判を紹介しましたが、一部再掲載したいと思います。
 例えばおじいさんが死んだ時の話しですけど、おじいさんが死んで、ベッドの上にはおじいさんの遺体があるシーンがまずあって、それが次には、もう荷車の上に乗せられて少年が引っ張ってるんです。そしてカットが切り替わって墓場の場面になると、もう穴が掘ってあってですね、次には埋葬されてしまっている。

(中略)

 しかし考えてみたら、どうやって1人で遺体を荷車に乗せたとか、どうやって墓地に埋める許可を取ったか、どうやって穴を掘ったのか、土をかぶせて埋めたのかとかですね。誰も手伝ってはくれませんから、少年1人で色々とやるのは大変だったに違いない。でもそんな少年の心を傷つけるに違いないような、あるいは本当は1人で出来なかったはずの大変な行為は全て描かなかったんです。視聴者の無垢な少年のイメージを崩さないためにね。

(中略)

 今、二つの方法を言いましたけど、僕は両方とも嫌だったんですよ。そういうことはしたくなかった。
 バアサマの体全てに土をかけられないマルコは、高畑監督のこの考えとキッチリと一致しますね。私は、作品によってはそういう矛盾があっても良い場合があると思いますし、リアリティだけが物語の魅力の全てだとは思いませんので、高畑監督のように、『フランダースの犬』でのこのやり方が嫌いと言うわけではありませんが、高畑監督の考えるリアリズムが、非常に良く出たシーンだと思います。人に限らず生き物の死は、ドラマを盛り上げる非常に強力な手法だと思いますが、その後の後始末としての葬式にまでも、リアリティを考えてキッチリフォローする高畑監督の演出に対する考えは、私の非常に好きな部分です。上で挙げている『赤毛のアン』や『火垂るの墓』でも、キッチリと葬式のシーンが描かれている事から、高畑監督の作品作りにとって、大切に考えられている部分なのでしょう。

図5、”コリッコリッ”と美味そうな音をたてながら豆を食べるアメデオ さて、今回最大の名シーンなのですが、今回の内容は刻一刻と死に向かって進んでいくバアサマですので、これといった名シーンを選ぶのが非常に難しいですね。ちょっと苦しいのですが、唯一ほのぼのした雰囲気を味わえる、食料を分けてくれる男との、短い交流にしておきたいと思います。この男の日焼けした顔など、なかなか味わい深いキャラクターでもありました。ところで余談ですが、朝を迎えた時のアメデオの朝食が、結構美味そうに見えるのも、高畑監督らしさが表れていてなかなか楽しかったです(図5)。マルコがつい試して見たくなるのも、判る気がします。

©NIPPON ANIMATION CO.,LTD. 1976

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