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第2話『おじいさんの山小屋』

図1、結構美人なデーテ 三千里のコラムで散々書いてきましたが、高畑作品には大人アニメの味わいがあります。一般的に、大人アニメと言われてアニメファンは色々な作品を頭に思い浮かべると思います。最近の作品では、『アニマトリックス』なんかが、それっぽい雰囲気があるかな。余談ですが、この作品は『マトリックス』を観ているという前提が付きますが、中々面白い作品だと思います。値段も安いし、『マトリックス』が好きな方は買っても損は無いと思いますよ。話しがそれました。そうしてアニメファンが頭に思い浮かべる大人アニメって、厳密には大人アニメではないと、私は思うんです。正確に言うのでしたら、ヤングアダルトアニメって事になるのでしょうか。

 ですから、厳密な意味での大人アニメって、本当に数が少ないと思います。厳密にはハイジは、子供アニメですが、随所にこの大人アニメの味わいを持っています。今回では、冒頭のデーテのシーンで見る事が出来ますね。このシーンは、原作と大体同じです。原作では、アルムおんじと別れてから会うのが、デルフリ村の連中ですが、アニメの場合はバルベルです。そして、ハイジをアルムおんじに預けた事を非難されるのは一緒です。そして最後に原作のデーテは、以下のように思います。
もうすぐこんな口うるさい連中からはなれて、たのしく働けるようになることを、つくづくよろこんだのでした。
図2、宙を舞うハイジ ハイジを預けて自由になれた事を、清々したという雰囲気ですね。しかし、アニメだとここの印象が違います。アニメですと、バルベルに涙ながらに、自分の胸の内を吐露し同意を求めます。『私だって可哀想よ』『私はこうするより仕方ないのよ』等の台詞から、デーテの苦しい胸のうちが判ります。また、悲しげな音楽がその雰囲気を盛り上げています。この”仕方が無い”というのは、高畑アニメの1つのキーワードでして、大人になれば生活する上で、いくらでも仕方が無いと諦める場面に出くわします。その中で、色々とやっていかなければなれないのですが、この『世の中にはどうしようも無い事がままある』という事を、しっかり作品の中で描いているからこそ、高畑作品には大人アニメの雰囲気が漂うのでしょう。ところで、デーテと言えば今までの話しと全く関係ないのですが、結構美人ですね(図1)。

 この後のシーンは、大体が原作どおりの作りになってまして(このシーンもあんまり原作とは違わない)、スピリの原作が非常に魅力的である事が、各シーンを観ていると判ります。まずは、ハイジ全体でも名シーンと言える、屋根裏部屋のベッド作りです。藁を積み、シーツを敷き、麻袋を破いて掛け布団にする、1つ1つがしっかり描かれていて、物作りの楽しさに溢れています。三千里もそうでしたが、こういった何かをする動作が、しっかり描かれているのが、高畑アニメの魅力の1つでしょう。特にシーツを敷く際の、宙に浮かぶハイジのカットは、ハイジ好きなら誰でも覚えているでしょう(図2)。控えめながら、アニメらしい誇張がとても気持ちが良いですね。

 ただ、ここで原作と違う台詞が出てきます。出来上がったベッドの素晴らしさに、ハイジは思わず、『これなら王様だって泊めてあげられるわね』と言いますが、原作では、夜になってハイジが寝ているシーンで、違った形で書かれています。引用しましょう。
世界一の王さまのベッドでもなければ、こんな眠りは味わえないにちがいありませんでした。
図3、見よ!これがハイジのチーズだ! ハイジの寝ている姿を描く文章が、アニメではハイジの台詞として登場します。何故このような変更があったのでしょうか。それは、ハイジの台詞に呼応して、アルムおんじが吐く次の台詞に意味があるからです。『この山小屋は王様の住むお城なのだ』『風はいたずら坊主で窓をガタガタ叩くがあれは城の王へのご挨拶だ』『雨の日はしんみり物を考えるのにもってこい、人間にはそんな日が必要なのだ』。前回のコラムで、原作とアニメのアルムおんじの設定は違い、原作の『間違いを犯した罪びと』としての描写は無い事を書きましたが、ハイジと会話するというよりも、独り言のようにつぶやくこの台詞で、アルムおんじが世間に失望し、一種の世捨て人になって、一人静かに生きている事が描かれています。アニメのアルムおんじにしか無い、独特の格好よさ男らしさが表現されていて、非常に魅力的ですね。

 次の昼食のシーンもほぼ原作通りと言えます。しかし、このシーンを原作と同じか否かで語るのは、全くもって野暮と言えるでしょう。こちらはベッド作り以上の屈指の名シーンです。『ハイジのチーズ』と言えば、日本で知らぬ者はいないくらいですから(ちと大袈裟かも…)。アルムおんじが火で炙って溶かしたチーズを見て、『うわぁ、おいしそう』とハイジ役の杉山佳寿子が本当においしそうに言いますが(ビデオ持っている人は、聞いてみて下さい!)、声の演技だけではなく、視覚的にも激烈に激旨そう(図3)。グルメ監督高畑監督の評価を、決定付けた名シーンです。一般的には、食事のシーンでは最高傑作と言われますね。ただ、個人的には、『火垂るの墓』のドロップ水も結構好きなのですが。

 このシーンは、本放送で観た記憶がありまして、当時パンの上にチーズを乗っけて、オーブンに入れた事があります。ところが大失敗でして、ただ表面が焦げただけでした。それも当然で、当時日本で売っていたチーズは溶けるタイプの物では無かったからですが、程なくして、とあるCMがオンエアします。メーカーや製品名は良く覚えてないのですが(メルティ・チーズ?)、CMソングは覚えています。
とろ〜りとろけるメルティ♪
とろ〜りとろける、とろ〜りとろける♪
ハフハフ(息の音)
図4、アルムおんじの工房、作業台もリアルな雰囲気 あってるかな?早速買って貰って食べた記憶があります。これは当時、ハイジのチーズの人気に注目したメーカが、発売を決定したと確信しています。私は元々チーズそんなにが好きではありませんから、そうでなければ親に買ってもらうとは、ちょっと考えられないです。企業を動かすくらい、ハイジのチーズはインパクトがあったのでしょう。その影響は、今でも強い物をあるようで、雪印の『アルプスの少女ハイジ チーズフォンデュ』もそうですが、北陸製菓の『とろけるチーズのプチパン』などがありますね。アニメの食べ物で、ここまで影響力がある物って、一体他に何があるのでしょうか。ちょっと思いつきませんね。

 食事が終わって蝶を追っかけている遊んでいたハイジは、アルムおんじに言われ、下着姿からいわゆるハイジファッションに着替えますが、ここでのアルムおんじがハイジの椅子を作るシーンがあります。これも大体が原作と同じですね。ここでのアルムおんじの椅子を作る手際は、非常に素晴らしい物があります。手回しドリルで丸板に3つ穴を開け(図4)、その穴に長い足を入れ、木槌で打ち込み、あっという間に完成させてしまします。アルムおんじの手際のよさが、非常によく表現されています。原作では、アルムおんじはどんな仕事をしているか描写はありませんが、アニメではここでの素晴らしい手際から判るとおり、木工細工の職人をしている事になっています。こういう設定をしっかりさせるのは、高畑監督らしさと言えます。

図5、ハイジとユキ ところで今回、最も原作と違うところは、ヨーゼフがらみのシーンですね。まぁ、それも当然で、ヨーゼフは原作には登場しないキャラクターですから。ハイジとヨーゼフは少女と動物という、宮崎作品に頻繁に登場するパターンです。まず間違いなく、宮崎駿の趣味でしょう。ですから、今回のハイジとヨーゼフのシーンは、ハイジの可愛さが炸裂します。食事のシーンでの、ヨーゼフに構おうとするハイジと、マイペースにのっそりとしたヨーゼフや、のっそりしたヨーゼフに、『ワンワン』と逆に吠えるハイジも可愛いですが、ヨーゼフの鼻の上に止まった蝶を捕まえようとして、逃げられた時のハイジは、格別の可愛さですね。ヨーゼフ以外の動物だと、ペーターが山から戻って来たときの、子ヤギのユキを抱くシーンや(図5)、おんじの山羊シロとクマ(原作ではスワンとクマ)に塩をやるシーンも良いです。

 以上挙げたとおり、部分部分では、原作とアニメで違うところはあるのですが、賢く可愛いハイジに、偏屈なアルムおんじが心を開くという、原作が描こうとしている一番大切な部分は、そのまま再現されていると言って良いでしょう。ハイジの賢さが、ベッド作りや食事の支度のシーンで表現されているのも同じです。高畑監督の、原作の精神も読み解き、それを映像で表現するという、高畑監督らしい回と言えるでしょう。

 ところで、前回と今回、改めて見直してみて思いますが、この作品は無茶苦茶面白いです。高畑監督は、ハイジを良い子に描きすぎたと言っていて、その後の作品はよりリアルになっていきます。その分完成度は上がっていき、わずか2年後の作品である三千里では、現在観ても全く古さが感じられない物にまでなります。『赤毛のアン』も素晴らしい完成度を誇ってますね。その点ハイジは、ちょっと古さを感じます。やはり、完成度の点では少々劣るのかもしれません。しかし、素直に楽しめるという点では、ハイジが1番といえるでしょう。高畑監督のこだわりは、作品の出来では高い物にしていくのでしょうが、素直な面白さを下げてしまう物なのかもしれません。それに、この古さもそんなに悪いものではありません。逆に心地よかったりもしますし、キャラクターの絵も素直な表現で、非常に魅力があります。小田部洋一を中心とした作画スタッフの描線が、非常に生き生きとしています。スタッフの若々しさを感じますが、皆さんは如何でしょうか。

図6、手前の背景と奥の背景が、別に動く! 最後に気になったシーンを。ハイジが屋根裏部屋の丸窓から、外を覗く描写では、非常に凝った手間のかかる撮影しています。窓の背景と、景色の背景の合成でして、しかも別に動いています(図6)。デジタルとは程遠い時代の、しかもTVで、ここまでやっている事に正直驚きます。境目に少し粗があるのは見えているのは、ご愛嬌ですが。

©ZUIYO

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