前回は泣きが入ったコラムで、大変申し訳ありませんでした。しかし今回もまた泣かされそうです。そう、今回の話しは、原作には無いのです(笑)。まぁ、泣いてばかりでもしょうがないので、頑張って書きましょう。今までの原作に無い回と同様、今回もストーリ性の薄いエピソードの集合体になっています。いくつかのエピソードがありますが、その中で最も重要なエピソードと言えば、第4話『もう一人の家族』で登場した、ピッチーとの別れでしょう。小鳥と戯れる少女、キャラクターを魅力的にする小道具として、小動物は非常に有効なアイテムなのでしょうが、高畑流リアリズムにかかると、そう簡単な話しにはなりません。小鳥を育てる事、特に餌を与える事の大変さが描かれていますし、ピッチーの世話する為に、山に行けなくなる等、ハイジの行動が制限されてしまう事や、その事で人間関係に影響が出る、つまりはペーターと喧嘩になってしまう事も描かれています。 こういった具体的な描写だけではなく、毎回しっかりと画面に出し、エピソードに絡め続ける手間は、演出家に最も負担がかかります。脚本家は別にピッチーが関係しないストーリーを描いても、特に問題ありませんし、作画も絵コンテに指定してあれば、それを描くだけで、小鳥の作画が恐ろしく手間がかかるという訳でもないでしょう。勿論、複雑な物を要求されているのでしたら、話しは別ですが。しかし、演出家はそうはいきません。ハイジがピッチーを世話している事実がある以上、ハイジの行動の最中ピッチーがどうしているかを、ピッチーがストーリーに全く関与していなくても、ちゃんと考え適時画面に登場させなければいけないのです。例えストーリーに大きく関与していなくても、それを怠ってしまうと、『あれ?ピッチーはどこに行っちゃったの?』という疑問を観客に持たれてしまいます。 こういう点での高畑監督は、非常にしっかりしていまして、ピッチーが大きくストーリーに関係する、第4話、第5話は勿論、ほとんど関係ない第6話、第7話でも、ピッチーは画面にちゃんと登場します。そして、お別れのエピソードもキチンと作る。この、クソ真面目、とでも表現出来る演出方法が、高畑監督らしさと言えるでしょう。画面的にも、飛んでいくピッチーをハイジが追いかけて行くと、ヒワの群れと遭遇する演出が、ピッチーが群れと合流する=ピッチーとのお別れ、を描いていますね。ヒワの群れが出てきた瞬間に(図1)、観客はピッチーが群れに帰って行くのだなと、悟る事が出来ます。高畑監督は、こういう説明的な効果がある演出を、いかにも説明してますよ、という雰囲気にしないのが非常に上手いです。最も重要なエピソードは、ピッチーの別れと書きましたが、最も楽しめるエピソードは、やはり栗拾いでしょうね。ピッチーのいなくなった事を慰める為に、アルムおんじがハイジを誘うのですが、秋の景観とあいまって、実にほのぼのとした雰囲気が醸し出されております。何か、小学校の頃の芋掘り遠足なんかを思い出しますね。と言いますか、作り手の方もそれを狙ったんでしょうが… アルプスで栗と言えば、アルプス連峰最高の高さを誇る(標高4807m)モンブラン(標高4807m)から名前を取った、ケーキのモンブランを思い出しますが、てっきりヨーロッパ産のケーキだと思っていたのですが、何とこれを作ったのは、日本人だそうです。登山好きの洋菓子屋さんが、昭和初期に作った物らしく、いやはや驚きですね。日本人の外国文化消化能力は、本当に凄いと思います。このお店は、東京自由が丘にまだあるみたいです。確かに、洋食のメニューには、日本で生まれた物も少なくはありませんし、私が知らない物でも、こういうメニューはまだまだ沢山あるのかもしれません。余談ですが、インスタントコーヒーを発明したのも日本人で、いやはや、実にらしい話しですなぁ…それでは、ヨーロッパで栗料理と言えば何になるのかと言いますと、焼き栗がポピュラーなようです。秋にもなれば、炒った栗が屋台で販売されているらしく、天津甘栗とは違い、栗その物の素朴な味が楽しめるようです。画面では、どっさりと収穫された栗が、実りの秋を思わせ、非常に暖かい雰囲気を醸し出していますが、食べ物描写が素晴らしい高畑作品ですから、焼き栗を作って食べる描写も、是非とも入れてほしかったなぁ、と思いますね。ペーターとの仲直りの描写として、栗が重要なアイテムとして描かれているので、3人で焼き栗を食べるシーンなんかがあると、凄く魅力的だったと思います。恐らく、高畑監督の事ですから、焼き栗を作る道具なんかも、当時の物をキチンと調べるでしょう。 道具の描写と言えば、アルムおんじの使っているカンナが、日本と違い押して削る物になっているのも、興味深いですね(図2)。 収穫されたのは栗だけではなく、山葡萄もそうなのですが、これについては少し面白いエピソードがあります。宮崎駿のインタビューで読んだ物で、残念ながら手元に資料が無く記憶からになってしまうのですが、この山葡萄のシーンでは、これを作る時に美術監督の井岡雅弘が、ツタに絡まった葡萄の絵を、”きれいなんだよねー”とか言いながら、チョイチョイとその場で描いて見せたそうなのですが、そういうのをスタッフの間では、御神筆と呼んでいたのだそうです。井岡雅弘は、日本アニメ界屈指の美術家ですから、それはそれは凄い物だったんでしょうね。私は完成作品も好きですが、こういう落書きめいた絵も大好きなので、是非とも見てみたいですね。実際の画面は、セルが使われた物になっていますが(図3)、恐らくは井岡雅弘の御神筆のイメージが、色濃く出たのではないでしょうか?この山葡萄のシーンで一番面白いのは、やはり口の回りを赤くするアルムおんじとハイジですね。絵的にもユーモラスなシーンですが(図4)、それ以上にあのいつもは険しい表情のアルムおんじが、ハイジにはメロメロで、そのギャップの楽しさと、アルムおんじにとってのハイジの存在の大きさを、感じる事が出来ますね。キャラクター表現で言うと、こうやって二人で楽しんでいる間、無神経な一言でハイジと喧嘩になってしまったペーターが、ピッチーの代わりを捕まえようと、躍起になっている描写も、ペーターの性格描写上で非常に重要な物と言えるでしょう。 原作のペーターは、はっきり言えばあまり好感が持てる人物ではなく、どちらかと言うと、嫉妬のあまりクララの車椅子を壊してしまうような、私個人としてもあまり思い入れを感じられないキャラクターでしょう。自分たちのハイジではこれでは困るという事で、原作との一番大きな相違点は、ペーターであると、高畑監督はインタビューで語っています。都会のインテリおばさんが考える、田舎の少しバカな男の子ではなく、純朴で、はにかみ屋の魅力的なキャラクターに仕上げる事を目指したそうです。そんな感じが、捕まえてきた小鳥をハイジに手渡すシーンに、非常に良く出ていますね(図5)。高畑監督もこのペーターを、思い入れのあるキャラクターと言ってますが、私もペーターは大好きですね。と言いますか、恐らく多くのハイジファンが好きなのではないでしょうか。 |
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