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第9話『白銀のアルム』

 前回はコミケでお休みをさせていただきました。さて、今回の話しは、第7話『樅の木の音』と同様、原作でのペーターの祖母に会う章の冒頭が元になっいて、第7話で元になっているのは秋の描写ですが、今回はその後の冬の描写です。当然、今回も元となった章の本筋は、ペーターの祖母の話しですから、アニメで描かれている部分は、第7話と同様に状況説明程度です。ページ数にすれば、4ページくらいでしょうか。それを1話分のエピソードにまでふくらませています。

図1、鼻を真っ赤にして、寒そうなペーター 第7話では、ハイジの成長というストーリーの骨組みを感じる作りになっていましたが、今回では高畑作品ではすっかりおなじみの、描写の積み重ねです。ストーリー性を僅かながら感じる部分は、ペーターの祖母がハイジに会いたがっている事を、ペーターがハイジに告げるシーンくらいでしょうか。このシーンはペーターの祖母に会う前振りとして機能しているので、僅かながらもストーリー性を感じる物になってますね。しかし、それ以外はひたすら描写で、アルムの冬の雰囲気を観客に感じてもらう物に仕上がっています。

 余談になりますが、恐らくは『アルプスの少女ハイジ』のファンの少なくない人数が、同じカルピスまんが劇場の『ムーミン』のファンだと思いますが、私もその中の1人です。アニメだけでなく原作の方も読み、またそれも好きなのですが、『ムーミン谷の冬』が1番好きですね。あの、ムーミン谷の冬の雰囲気が凄く良いです。元々が、夏よりも冬の雰囲気、あの空気が引き締まっている感じが好きだと言うのがあるのです。ですから、今回の話しは目立った感動的なエピソードがあるわけでもないのですが、結構気に入ってますね。私が一番冬を感じた描写は、鼻を赤くしてペーターですね(図1)。

図2、吹雪の中、干し草を届けるハイジ さて、その冬の描写ですが、前半一番の見所は、やはり鹿の餌付けのエピソードでしょうね。ちなみにこの描写は原作にはありません。アニメのハイジの原作からの変更や追加は、ペーターやロッテンマイヤーの扱いのように、原作の精神からあえて変えてしまう物と、原作の精神にのっとって、内容を補填する物がありますが、今回の場合は後者にあたるでしょう。原作の精神を尊重するエピソードを追加する作り方その物が、まず高畑監督らしいやり方と言えるのですが、そのエピソードの内容そのものも、また高畑監督らしい物になっています。

 感動的なエピソードを作るためには、その前段階の描写がしっかりしている事が大切、というのが高畑監督の演出方法の1つである事は、以前にもたびたびこのページで書いてきましたが、このエピソードの場合ですと、餌付けに成功するハイジよりも、警戒する鹿にもめげずに、黙々と干草を届けるハイジの描写の方が、より大切と言えるでしょう。。ナレーションでも語られている通り、アルムの山の冬は厳しく、吹雪に吹かれながらも樅の木の下に干草を届けるハイジが描かれているからこそ(図2)、餌付けに成功するシーンが感動的になるのです。この作りが、実に高畑監督らしいと思います。

 後半の見せ場は、アルムおんじの山小屋に現れるペーターですね。こちらはほぼ原作どおり。ただ、これに関連するシーンで、若干の補足説明がされています。原作ではペーターが8日振りに、アルムおんじの小屋でハイジ達と会う事が書かれていますが、毎日山へ来ているのに、何で8日もハイジと会っていないのかが、説明されていません。恐らく、スイス人にとっては、山羊飼いが雪の季節になれば春までお休みなのは、常識でわざわざ説明する必要が無いのでしょう。しかしアニメの方は日本で放送されますので、この事が、雪の降った翌日にアルムおんじの口から、きちんと説明されています。高畑監督らしい、気の使い方ですね。

図3、ハイジ定番の食事、ウマソー! このシーンは、学校の事をしどろもどろに説明するペーターのシーンも、ユーモラスで楽しいのですが、ここはやはり3人でする食事のシーンが、より素晴らしいと言えるでしょう。グルメ監督、高畑監督の魅力が味わえます。寒い雪の中を歩いてきて、冷え切ったペーターが火に当たって暖をとった後に、『さぁ、一つ元気をつけるとするか』というアルムおんじのセリフも、食事のシーンの導入としては、なかなか味わい深い物がありますね。このシーンで食卓に並ぶ、パンとチーズ、干し肉に暖めた山羊の乳は、実に旨そうです(図3)。ペーターの食べ方も実に良いですな(図4)。

 そして、山小屋での食事のシーンの次が、ハイジが持っていった干し草を、動物達が食べているシーンになっているのも、構成的に素晴らしい物があります。生き物の営みとしての食事を、高畑監督が非常に大切に考えている事が、よくわかる構成でもありますね。

 ただ、この魅力溢れる高畑監督の食事シーンなのですが、最近のインタビューで驚くべき事を話してました。インタビューは、読売新聞朝刊2003年8月18日月曜日の物なのですが、その一部を引用したいと思います。
 生きる上で、食べる事は大切な要素。何気ないシーンもおざなりに出来ない。でも、ハイジでは、スイスの人たちの質素な食事を描いたつもりが、子供たちの反応は『おいしそう』『食べたい』だった。うまくいかないものですね。
 つまり、ハイジの食事のシーンは、美味しそうに描写するつもりではなかったと、このインタービューでは語っているのです。ちょっと驚くべき事実ですね。しかし、これについてはハイジ制作当時の高畑監督が、こんな事を考えていなかった、今になってこういう事を言っているだけだと、私は考えます。そう思うのは、まずは原作の描写です。以下に引用します。
 アルムじいが、すてきなほし肉のみごとなかたまりを厚切りのパンの上にのせてくれるのを見て、ペーターは、まるい目をくりくりさせました。こんなごちそうにありついたのは、ほんとにひさしぶりのことでした。
図4、干し肉を食べるペーター、表情に注目(笑) つまり原作では、ここでの食事はペーターにとって、非常に豪勢な物であると描かれています。それになんと言っても、ハイジは山羊の乳を、美味しい美味しい、といつも言って飲んでますし、ペーターの食べっぷりも実に旨そうです。質素な物を食べているんだなぁ、と観客に印象づけるのであれば、やはりこういう描写はしないのではないでしょうか。元々、物語を作る行為は、もっともらしい嘘を並べる事ですし、その所為で作劇家は作品については、嘘を付く事が多いと聞きます。高畑監督は嘘の少ないドラマを作る人ではありますが、こういう傾向が全くないわけではないでしょう。インタビューでも、以前に矛盾する事も言っていたりもします。

 私が思うに、ハイジで食べ物の描写が特にクローズアップされて評価されているのが、気に入らないのではないでしょうか。特に最近では、ハイジは非常に人気が高く、あちこちでイベントが催され、ハイジをネタにした食品も販売されています。商売に結びつく、こういった評価のされ方が、不本意ではないのかもしれません。また、高畑監督はこのサイトは一応ご存じみたいですので、私が何かにつけ、グルメ演出家、と呼んでいるのが気に入らないのかもしれません。いや、それだけは絶対に無いな…(笑)

図5、雪まみれで喜ぶハイジ、普通に考えれば肺炎ですな 最後に少し批判を書きたいと思います。『アルプスの少女ハイジ』は次の作品『母をたずねて三千里』に比べ、やや粗さや古さを感じる作品である事は、以前にも書いたと思います。今回で、非常に不自然な描写がありました。それは雪が降った翌日、寝床が雪まみれになってしまうハイジです(図5)。ハイジはここで喜びますが、こんな事はあり得ません。体が冷え切って、ハイジは大変な事になってしまうはずです。こういうところを見ると、やはりリアルさと完成度という点では、ハイジは三千里に一歩譲ると言わざるを得ないと思います。ただ三千里は、リアルすぎて娯楽性が犠牲にもなっていますが(笑)。ここをどう評価するかで、どちらの作品がより好きになるかが、決まるのだと思います。ただ、ハイジが喜ぶのを横目に、干し草で穴を塞ぐ作業を黙々とこなすアルムおんじが描かれているのは、リアルでさすが高畑監督と思いますね。

©ZUIYO

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